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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅴ章【エディン~アイゼン王国篇】
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亜人のお供をするにあたって・7

 襲い掛かるモグモグの群れを目にし、俺は発狂寸前。

「来ちゃう! 何か来ちゃうぅ! あっ、あ……あぁ!」

『ちょっと……首元で変な声出すのやめて下さいよ!』

「早く倒せ! 俺を守れ! フェアル石取って来い!」

『注文が多いなぁ~』

 愚痴りながらも手に持つ絶対王者(ザ・ワン)でモグモグを斬り裂いていく守護神アキマサ。


「ほら右! 左も! 正面からも来るぞ! ああもう、凪払っちゃえよ!」

『もう、五月蠅いですよ! 静かにしてて下さい、気が散るじゃないですか! コイツら見た目に反して素速いんですから!』

 言った直後にアキマサの身体が小さく震えたのが、身体ごしに伝わってきた。

 数の利と素早い動きを活かしたモグモグの一匹がアキマサの剣を潜り抜け、懐へと体当たりをかましたのである。


『痛……いなぁ!』

 腹を押さえながら懐のモグモグをアキマサが蹴り上げる。

 蹴り上げられたモグモグが翼を広げ体勢を立て直すより早く、アンの紅蒼の命剣(クリムゾンマナン)から放たれた剣撃がそれの首をはね落とした。


『アキマサさん! 大丈夫ですか!?』

 キリノの周囲を守りながらも、アンがアキマサを気遣う。


『大丈夫です!』

 アンに心配されて嬉しいのか、はたまたみっともない所を見られて恥ずかしいのか、そんな複雑な表情のアキマサが返す。

「おい、アキマサ! 本当に大丈夫か?」

『心配入りません。素早いですが力は大した事ないみたいです』

「お前の事なぞどうでもいい。本当に俺を守れるのかって聞いてるんだよ。今のが俺狙いだったら絶対喰われてたわ」

 やれやれと溜め息をつく俺にアキマサが顔をしかめる。


『あんまり憎たらしいと守る気が無くなるんですが』

「アキマサ様、頑張って! 戦う勇者様って素敵!」

『調子良いなぁ』

 苦笑しつつもアキマサは絶対王者(ザ・ワン)を振るい、モグモグを着実に仕留めていくのであった。




「御苦労! 全て俺の指示通りだな!」

 最後のモグモグが退治された所で、しがみついていたアキマサの首元から離れた俺がそう宣言する。


『……まぁ別に何でも良いですけどね』

 アキマサが小さく笑ってそう言い、剣を鞘に納める。


『中々面白い物も見れましたしね』

 アキマサの言葉にアンも笑い、同調する。

 アンの言う面白い物とは、多分俺の醜態だろう。

 天敵モグモグを前に、この世の終わりの如く狼狽え、喚き散らした。


 クソ、とんだ赤っ恥である。

 指示通りなどと尊大不遜に言った所で、リカバリーのしようもない。

 キリノに至ってはモグモグを大量生産した後は、駆除をアキマサとアンに任せ、ニヤニヤと俺を眺めていただけであった。

 腹立たしい事山の如し。


 俺が怒りの目を向けると、キリノはフッと鼻で笑ってそっぽを向いてしまった。


『まぁまぁ』

 キリノを憮然とした態度で見る俺の視線を遮る様にしてアキマサが間に割って入る。

『キリノ、洞窟内部の魔獣はこれで全部?』

 次いで、アンがキリノにそう問い掛ける。

 そのアンの問い掛けに、キリノが小さく頭を振り『奥に少し強そうなのが』と口を開いた。

「モグモグ、じゃないよな?」

 今の今で悪夢再来かと不安そうに尋ねる俺の質問にキリノは小さく頭を振って返す。少し残念そうに。


 そうか、違うのか。

 ホッと安堵の息をつく。

 そうして、モグモグじゃないと分り、俄然やる気と勇気が湧いてきた俺が意気揚々と口を開く。ぶっちゃけ相手が何であろうと俺は戦う係じゃないんだけど。

「さぁさぁ、君達もうひと踏ん張りだぞ」

 手を打ち鳴らして三人を急かす役立たず。


『はいはい、陛下の御命令ですからね。行きましょうか』

 腰に手を当てて何処か愉快そうなアキマサがそう言った後、俺達は再び洞窟の深部を目指して足を進めたのである。




 それから洞窟の最深部までは半々刻も掛からなかった。

 道中も特に変わった事はなく、すんなりと奥まで辿り着けた。

 現在の光子の洞窟最深部に鎮座するボスの元へと。



『ミミズ、かな?』

 最深部で俺達を待ち構えていた魔獣を見たアキマサがそう感想を洩らす。

『ミミズですね。私が知ってるミミズよりはかなり大きいですが』

 アキマサに同意する様にアンが小さく頷く。


 光子の洞窟の奥にいたのは真っ黒な身体をうねうねとくねらせる巨大なミミズの姿をした魔獣であった。

 普段の俺ならそのフォルム的に気持ち悪いと文句を言う所だが、モグモグを見た後ではミミズすらも可愛く見えるから不思議である。

 だからと言って頭をナデナデ可愛がれるもんじゃないが……。


「ミミズってさぁ―――虫? 獣?」

 巨大なミミズを目の当たりにし、唐突に疑問を投げ掛ける。


『分類的には動物だと思いますが……それ今、どうでもよくないですか?』

 俺の質問をアキマサがどうでもいいとバッサリ斬り捨てる。

 どうでもいいとは何だ。

 ほら、あれじゃん? その……好奇心?


 無理矢理に理由を作ってみようと試みたが、実際どうでも良かった。


「いやまぁ、魔獣っていう位だからどうなのかな~って思ってさ」

『呼びやすい様、ひとくくりに魔獣と言ってるだけですからね。それに七大魔獣の一角である幻蟲(げんちゅう)クイーンビーは蜂の姿をしているそうですよ』

 俺の疑問にアンが答える。


「蜂? 魔獣なのに?」

『魔獣なのに』

 そんな事を呑気に話すが、肝心のミミズ型魔獣は俺達など知らん顔で洞窟の壁に顔を近付け、何やら忙しそうにしていた。


「あれってまさか洞窟の壁食ってるのか?」

『その様ですね。ミミズって土ごと取り込んで中の有機物を餌にする種類もいるらしいんで、その延長じゃないですかね?』

「詳しいなアキマサ。ミミズ博士か?」

『ミ、ミミズ博士……』

 意図せずミミズ博士の認定を受けたアキマサの顔が若干ひきつる。


「ってかミミズとかどうでもいいわ。アキマサがミミズ博士って情報もどうでもいいけどな」

『自分からミミズの話題出したのに……自由過ぎる。あと別にミミズ博士じゃないです、ただ学校で習っただけですよ』

「学校って勉強する所だろ? アキマサって向こうじゃ貴族だったんだな」

 思った事を口にするが、そんな俺の言葉にアキマサが僅かに首を傾げる。


『いえ、俺は普通の庶民です。学校に行くのってこっちじゃ珍しいんですかね?』

 そのアキマサの疑問に答えたのはアンであった。


『こちらで大きな教育の場といえば大まかに三つ、魔法院、修道院、あと騎士の養成所位ですね。どれも基本的には貴族が通うモノで、一般の方が利用するのは余程の才覚の持ち主でも無い限り稀です。お金も時間も掛かりますから。基本的な読み書きや算学などは周りの大人に教えて貰うか、修道院にて無償で開かれる学習会等で学びます』

『へー、そういうもんなんですか。アンさんは通ったんですか?』

『はい、私は12の時にバルドの兵団施設に入りました。当時は父が兵団長でしたから、その父の薦めで。ただ、入ったは良いんですが、女の子は私一人で色々大変でしたよ。普通、位の高い家柄の女児は才能があれば魔法院に、そうでなければ修道院に行くのが習わしで、私はちょっと異端でしたから』

 そう言ってアンが苦笑する。


「って事は、もしかしてアンって御嬢様?」

『……いえ、御嬢様って程では』

『アンの家はバルドで何度も兵団長を輩出する由緒正しい騎士の家柄』

 アンの言葉を遮る様に、キリノがそう話す。


『わー! わー! キリノ何で言うの!?』

「別に隠す事じゃないだろ?」

『それはそうなのですが……コネで副団長になった様に思われそうで。それに兵団施設でも、家の事や女が兵士として学び、鍛練する事を良くからかわれましたし』

 モジモジと恥ずかしそうにアンが口を開く。

 ああ、そういう事か。

 女性が武骨な男共に混じっていれば、そう言った根拠もない批判やからかいを受けても不思議では無い気がする。


『でもアンはそういう輩は全て捩じ伏せてきた』

 しれっとキリノが暴露する。

 

『うぅ、すみません。女の子らしくなくて』

 そう言って顔を真っ赤にしたアンが手で顔を覆ってしまった。


 そんなアンにアキマサが僅かに首を傾げて口を開く。

『いえ? それだけ才能があったという事でしょ? 周りが嫉妬する位に。強くて可愛いとかまさに無て――――』

 途中まで言って、慌てた様子のアキマサが口に手を当て言葉を止め、そっぽを向いてしまった。

 多分、可愛いという単語が無意識に飛び出した事に気付き、羞恥に襲われたのだろう。現にアキマサは耳まで赤い。

 言われたアンも手で顔を覆ったまま固まってしまっている。

 但し、こちらは恥ずかしいと言うより、横から見える口元がにやけているので嬉しくて仕方無い、と云った所だろう。



 勝手にやってろ。


 ゆでダコの二人を無視する。


 からかう相手を力で捩じ伏せる。

 キリノのならともかく、アンがそういった行動に出るのは少し意外な気もする。案外男勝りなのか? けどまぁ、代々の兵団長を輩出する様な騎士然とした家柄ならそういう性格でもちょっと納得出来る気がする。

 でもやっぱり普段のアンを見てるだけに少し意外かな~。キリノならともかく。


『何?』

 チラッと視線を向けて、そんな事を思った俺にキリノが無表情のまま言葉をぶつけて来る。

 恐ろしく勘の鋭いヤツだ。それともお得意の読心術か?

 身の危険を感じた俺は、キリノからのこれ以上の追及を避ける為に話題を反らす。


「キリノは魔法院に通ってたんだろ?」

『……そう』

 これだけ呑気に雑談しても、此方を気にも止めず一心不乱に壁を貪る巨大ミミズに顔を向けながら、キリノが簡潔に返してくる。


「ふむ、ならキリノの家も位の高い家柄なのか?」

『あ、クリさん、ちょっと』

 そうキリノに尋ねた俺にゆでダコだったアンが少し慌てた様子で間に割って入る。

 しかし、キリノはそんなアンの事など気にも止めず、無表情のまま俺の質問の答えを口にする。


『さぁ? 私は孤児院で育った捨て子だから』


 追及を避けようと話題を反らして地雷を踏んだ。ピンポイントで踏み抜いた。大爆発。やってしまったがあとの祭りだ畜生め。

 ゆでダコだったアキマサの顔が白くなり、事情を知っていて止めに入ったアンも完全に沈黙した。

 そうしてその場には壁を貪る巨大ミミズのガリガリという壁を削る咀嚼音のみが響いたのである。



 しばしの沈黙の後、

「そ、そうなのか……。でもあれだな、だとしたら才能だけで魔法院に入ったって事だろ? 流石稀代の天才と言われるだけあるな」

 必死に話題を作り、誉め、沈黙を打ち消す。不必要に首を縦に振り、ワサワサと忙しなく動く腕が動揺丸出しであるが気にしない。したら負けだ。


 俺が必死に言葉を捻り出した後、キリノが目だけを動かし俺に視線を向けてくる。


 その視線が痛いのなんの。

 正直、冷や汗ダラダラであったが、そんな俺の様子が可笑しかったのかキリノがフッと小さく笑う。


『あんたって、変な所で気を使うよね。いつもは小馬鹿にするくせに』


 そう言ってキリノはミミズへと視線を戻し、もう一度小さく笑った。


 

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