亜人のお供をするにあたって・4
キリノと別れてから、俺は七夜の樹へと向かった。
特に用も無いのだが、単に暇潰しである。
俺の知ってる妖精の聖域深部とは随分変わったな。まぁ400年も経ってるし、当然と言えば当然か。
あの頃は白や薄桃の鮮やかな花を咲かせる花樹が沢山植えられていたが、今やそれらの木々は見る影もない。
あれらの木々はここらでは自生しないし仕方無いのかも知れない。妖精達の手入れが無ければあの風景は成り立たないのだ。
辺りの風景をぼんやり眺めながら、そんな事を考えている内に七夜の根元に辿り着いた。
着いて直ぐに視界に入ってきた物は、二体の白い石像。
近付いて観察すると、マロンとロゼに良く似た顔立ちと服装をしていた。
石像の取るポーズから察するに、これは勇者の加護を与えている場面を模した物であろう。
その石像から少し離れた所に、あの根が見える。
地面から曲線を描いて隆起する七夜のカッチョいい雰囲気の根である。
確か……昔、ここで儀式を行う様に、とマロンに言った覚えがある。
彼女がその言い付けを守ったかは知らないが、素直な彼女の事だ、きっと言い付けを守り、このカッチョいいだけで何の意味も無いこの根をバックに、これまた何の意味もない神々しい発光による演出を加えて勇者の加護を与えたに違いない。
想像しただけで超ウケる。
しばらくニヤニヤと妄想に浸っていると、後ろから声を掛けられた。
『これはこれは、皇帝陛下。この様な遅くにどうされました?』
俺にそう話し掛けてきたのは、背は低めだが筋骨粒々で、立派な髭を蓄えたドワーフであった。
「ああ、少し村を見て回ろうかと思ってね」
『左様で御座いますか』
仰々しくそう返すドワーフから目を外し、もう一度石像に目を向ける。
「立派な石像だな」
『おお、なんと勿体ない御言葉。感激の極みに御座います』
「おま―――そなたが作ったのか?」
『いえ、私の何代も前の先祖の作に御座います。作られて以降は、我が一族が石像の管理を任されております。
村の者以外の目に触れる事は殆どありませんが、毎日お拭きして、時には雨風の侵食からお守りするのが私の日課で御座います』
「毎日か。大変だな」
『いえ、これは我らの感謝の証。苦と思った事なぞありませぬ』
「そ、そう」
目に炎を宿しそうな凄みでドワーフがそう語る。
その辺はあんまり深く追求しないで置こう。モン爺の二の舞はゴメンである。
そんなやり取りを経た後も、しばらくドワーフのおっさんと石像を眺めていた。
七夜の樹の根元、月明かりが僅かに射し込む静かな暗闇の中、ドワーフのおっさんと二人っきり。
あらやだ、恋が芽生えちゃう。
絶対お断りだ馬鹿野郎。
新たな恋が生まれる前にドワーフに話し掛ける。
「これ良く出来てるけど、細部が少し違うみたいだな」
『―――なんと!? 皇帝陛下は御二人を直に見た事がお有りなのですか!?』
「え? ああ、うん、まぁ、そりゃあ有るよ」
『おお! 流石は皇帝陛下で御座います!』
見ただけで感動されて誉められてもあんまり嬉しく無いんだけど……。
「ああ、うん。それよりね? 折角、実物見た事ある俺が居るし、ちょっと石像の手直しなんぞをしたりしない?」
『て、手直しで御座いますか?』
「うん、まぁ無理にとは言わないけど」
俺の提案にう~んと首を傾げ考え込むドワーフ。
物が物だけに勝手に手を加えるのはやはり難しいだろうか。
ややあってから、
『皇帝陛下のお墨付きとあらば反対する者も居ないでしょう。その御提案、御引き受け致します』
「おお、そうか、受けてくれるか。ありがとう。え~っと、名前は?」
『申し遅れながら、私はドワーフ族の頭シグルスと申します』
「ふむ、宜しくシグルス君。では早速だが」
そう言って俺は石像を指差しながら、ああだこうだと石像の修正すべき細部の説明を始めた。
それを、『ほー』『なんと!』と時折相槌を打ちながら聞くシグルス。
結果として、俺は中々充実した暇潰しが出来たのである。
「これっていつ頃作られた物なんだ?」
動物の皮を用いて作られた紙に、修正後の石像図を描くシグルスに向けてそう問い掛ける。
『過去の魔王が討たれた直後に作られた、とそう聞いております。何でも亜人の英雄クゥ・ド・エテ様直々の御依頼であったと、私の祖父が語り継いでおりました。これ以上無い名誉であると』
「ああ、クゥちゃんね」
成る程。魔王が討たれた後なら既にマロンは死んでしまっているだろうが、あの亜人の少女なら二人を良く知っているし、石像が本人達に似ているのも納得出来る。
おそらくこの石像は、勇者ロゼは本人をモデルに、マロンはロゼとクゥ二人の記憶を元に作られたのだろう。
『あの……皇帝陛下』
「ん? 何かねシグルス君」
『クゥ・ド・エテ様を御存知なのでしょうか?』
恐る恐ると云った様子のシグルスがそう聞いてくる。
「御存知ってのは、本人を見たかって事か? 勿論、あるよ」
俺がそう言うと、シグルスがまるで雷にでも打たれたかの様に飛び上がり驚愕に満ちた顔を見せた。
何でシグルスはそんなに驚いてるんだ? 勇者ロゼとマロンを知ってるんだから、クゥちゃんも当然知ってる事くらい予想出来ただろうに。
俺がややシグルスに呆れていると、シグルスがおもむろに口を開く。
『こ、皇帝陛下! 恐れながら申し上げます。クゥ・ド・エテ様のお姿を御存知であるとの事ならば、是非とも私にクゥ・ド・エテ様のお姿を教えて頂けませんでしょうか!?』
「え? 別に良いけど? ――――あ、もしかしてクゥちゃんって銅像とか残ってないの?」
『我がドワーフ族が長年総力を上げて世界各地を探索しましたが、銅像はおろか肖像画のおひとつすら残っておりません』
とても残念そうにシグルスが首を振る。
「そうなのか。まぁ、彼女はちょっと人見知りだったしな」
『人見知り……』
「あ、いや、人見知りって言うか、ほら、あの頃の亜人は魔族って扱いだったから人間にあまり良く思われて無かっただろ?」
『ああ、成る程。何となく理解致しました』
危ない危ない。彼女は亜人の英雄なのだ。変なイメージが付いたら大変だ。
「うん。とにかくクゥちゃんの銅像も作るつもりなんだろ?」
『はい、それが器用さを買われ、亜人の物作りの役目を任された我が一族の悲願で御座いますから』
銅像作りが悲願と言われてもあまりピンと来ないが、下手に横槍は入れないで置こう。
「シグルス君の熱意は伝わった。そう言う事なら勿論協力しよう」
『おお! 何とお礼を申し上げたら良いか!』
「ああ、うん。頑張ってね?」
『ははっ! 身命を賭けてこの役目、果たして御覧に入れましょう!』
いちいち大袈裟だが、もういい加減ちょっと慣れた。
もっとも、皇帝と言い出したのは俺だから、亜人のこの大袈裟な態度の原因を作ったのは俺なんだけどね。
それから俺は400年前の記憶を掘り起し、クゥの姿を出来るだけ詳細に伝える。
それをシグルスが紙に書き起こし、俺の記憶とすり合わせて行く。
こうして、徐々に描かれていく嘗て実在した亜人の英雄クゥ・ド・エテの姿が400年の時を経て、形として再び日の目を見る事となったのである。