勇者のお供をするにあたって・48
『いや~、ギリギリでしたね』
全く悪びれもせずヘラヘラと笑いながらメフィストが話し掛けてくる。
「お前さぁ、明らかにタイミング待ってたよね?」
俺がメフィストにそうぼやくと、ヘラヘラ笑いを崩す事なくメフィストが返してくる。
『立場的に厳しいんですよ。私は今はバルドお抱えですから。下手にバルド兵の前に姿を現せません』
「まぁ、結果的に無事だから良いけどさぁ」
『流石は私の唯一無二の友人にして、大親友。お心が広いですね~』
「……自分で友人が俺だけって言って悲しくないか? ってそんな場合じゃなかった。取り合えずは、と」
俺は視線を胸元に落し、抱き締めたままの魔族の少女クゥに回復魔法を掛けてやる。
まだ気を失ったままであるが、傷自体はこれで完治しただろうから、時期に目を覚ます筈だ。
「仕事終わってお前暇だろ? この子ちょっと見ててよ」
言いながら少女をメフィストに預ける。
『一応言っときますが、私は今、思念体ですからろくに魔法は使えませんよ?』
「問題ない。戦うのに邪魔だっただけだから」
言って、手に持つ杖を構え、眼前の怪物に目をやる。
紅い眼をギラギラと輝かせ、こちらを睨んでいるのはアレスとかいうこの国の皇帝の成れの果てらしい。
悪そうな見た目だな、と思った。
俺が怪物を眺めているとメフィストが真面目な顔で問うてくる。
『良いんですか? 現状だと一度開いてしまうと閉じれませんよ?』
「ならお前が戦えよ」
『――――いや~、専門外です』
一度、チラリとアレスを一瞥したメフィストがヘラッと笑ってそう告げる。
「何だよ専門外って。―――まぁとにかくその子は任せたぞ?」
『はい、任されました』
そう言うとメフィストはクゥを抱えたまま、と言うよりフワフワとクゥを宙に漂わせたままゆっくりと距離を取る。
メフィストが距離を取り始めると、俺は俺で小さく息を吐き、アレスに目を向けたまま集中する。
そうして身体の中に意識を飛ばし、鍵を開ける様にいくつかの封を解いていく。
最後の封を前に、少し躊躇する。
出来れば解きたくはないが、今、解かないとあの怪物に殺されるのは確実だ。
封の維持を諦め、扉を開く。
直後、溢れ出る大きな聖霊力の奔流。
俺がマロンの身体に施した中でも最も古い封印。
その封印は天使たるマロンの聖霊力を抑える為のものであり、マロンを隠す為のもの。
あれらの目に届かぬ様に。
「もう意味も無いし、ついでに他のも幾つか開けておくか」
そう独り言を話し、認識を阻害していた封も開ける。
「おぅふ、しまった。目の毒だった」
開けた途端に視界に広がるたわわな胸元に慌てて目を逸らす。
自分の意識が宿る肉体を嬉々として凝視する趣味は無い。他人のなら見るけど。
マロンに眠る本来の聖霊力が全て目を覚ました所で、一度大きく息を吸う。
そして、再びアレスに目を向け宣言する。
「シャッキーン! マジカル天 使マロンちゃん参上! 悪い子いらん子の怪物はマロンにお任せ!」
しばらく、更地となったトラキア城の跡地にて、杖を片手に可愛いポーズを取ったままにしてみたが、誰からもツッコミは無く、代わりに後方のメフィストからパチパチと拍手が送られてきたのだった。
これはキツい。スベったみたくなっとる。何故やってしまったのかちょっと後悔した。
俺が後悔に苛まれていると、咆哮を上げた怪物アレスが振り上げた腕に魔力をたぎらせ猛進してきた。
「変態! こっち来ないで! ――――シューティングスター!」
言いながら杖を振りかざし魔法を行使する。
キラキラと杖が輝き、現れたのはシューティングスターという名前には似つかわしくない無粋な岩石の雨である。
イメージはコツコツコツーンと当たる星屑。
実際はゴッゴッゴキッと鈍い音を立てて怪物を血塗れにする凶悪な魔法である。
幾つかの岩石が直撃し、アレスの動きが止まった所で岩石をアレスの頭上一点に集中させる。
土煙を広げながら大地に突き刺さる岩石群。
しばらく降り注いだ岩石の雨が止んだ所で、
「見たか怪物め! これがマジカル天 使マロンちゃんの力よ!」
ピースサインを目元に作り、笑顔で言ってみる。
たわわな胸が僅かに揺れた。
静寂が支配する中、遠く後方から『流石マジカルエンジェルです!』というメフィストの声援が聞こえてきた。
黙れ。殺すぞメフィスト。
ツッコミ不在の中、岩石の山からアレスが飛び出してきた。
飛び出してきたアレスの腕は不自然に曲がり、身体に出来た傷口からは血が流れていた。
だが、そんなアレスの身体は俺の見守る中で瞬く間に再生し、傷を消してしまったのである。
やはりあれだけの禍を保有しているだけあって再生力が凄いレベルである。
これは魔法でチンタラやるよりも、聖霊力で一気に決めた方が良さそうだ。
攻撃を仕掛けようとアレスが動き出すが、それよりも早く魔法を行使する。
「エンジェルリーング!」
とは名ばかりの岩の拘束具が、アレスの両足にまとわりつき、動きを封じる。
抜け出そうとアレスが暴れれば暴れる程、岩がアレスに貼り付き拘束をより強固にしていく。
「これで決めるわ! 悪い子悪い子とんでいけ!」
そう言って、服をすり抜ける様にして自らの翼を大きく広げ、光の弓を顕著させる。次いで、
「プリズムマジック! ――――エンジェルアロー!」
弦を引き絞りながらそう叫ぶと、虹色の光りを纏った矢を怪物アレス目掛けて放った。
虹色の矢の原材料は、聖霊力、砂漠の女神、ほんのちょっとの勇気と愛である。
本来の使用法とはかけ離れた使い方をされた砂漠の女神が怪物を貫くと、尾を引く様にして砂漠の女神から僅かに遅れてやってきた虹色の輝きがアレスを包み込み、その肉体を浄化、世界から怪物を消していった。
辺り一面がキラキラと輝く中、こうして大悪魔アレスは完全に消滅したのである。
「終わったわ。さようならアレス」
俺が悲しそうな雰囲気を醸し出し、そう呟くと、『お見事です。マジカル天 使マロンさん!』メフィストが後方から喜びの声を上げた。
ツッコめよ! とメフィストに文句を言おうと振り向いた途端、周囲から大歓声が起こった。
「え?」
いつの間にかメフィストを先頭にして、多くの人々が戦いを見守っていた様である。
『ありがとうマジカルエンジェル!』
『ありがとう!』
『マジカルエンジェルマロン! ありがとう!』
人々が口々に礼を述べてくる中、見知った顔、――――勇者ロゼとカーランの王子セトスの二人が、こちらに顔を向けながら口を開けて呆けている姿が目についた。
あちゃ~、トンでもない醜態を見られた、これは困ったぞ。
などとは微塵も思わない俺は、マロンの顔で素晴しい笑顔を作り、マロンの身体でビシッとポーズを決めて言い放った。
「疑問自問超難問! どんな問題もパパっと解決! あなたに愛を届けるマジカル天 使マロンちゃん! ヨロシクね!」
パチリンとウィンクも忘れない。
さぁ、やる事やったし戻ろーっと。
大衆に可愛いポーズを決めながら、俺は意識を身体の奥へと沈めたのであった。