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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅰ章【お供になるまで】
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迷子のお供をするにあたって・10

「もう一度言うぞ? アキマサ、剣を抜け」

 ちょっぴり目を泳がせ、顔を青くして巨大になったレイスを見ていたアキマサだが、その悪そうな顔色も病的って程でもない。自分で自分の皿の上の料理をひっくり返して、それがたまたま自分の好きなオカズだったって位の、まぁ割りとありそうな表情をアキマサはこちらに向けた。


『分かりました』

 今日のオカズ無しよ、と嗜められ、諦めと悟りの狭間に身を置いているような心境を醸し出しつつアキマサが口にする。

 そう心配せずとも俺だってオカズの一つや二つは分けてあげる優しさ位は持ち合わせている。もっとも、それが肉か否かは保証しかねるが。

 

「難しく考えなくて良いよ? 持ってるだけで良いから」

 自己申告で剣術のド素人だと言うアキマサに無茶をさせる気はない。

 ただ剣を抜き、持ってるだけで良い。地面に対し水平に。

 あとはプチの脚から生まれる速度なる物が勝手に上乗せされて、すれ違い様に切ってくれる。

 プチが剣を咥えられたらわざわざアキマサに頼む事も無いのだが……。


 アキマサは俺の言葉に小さく頷くと、不馴れな手付きで腰に差した剣の柄を握った。

 そうして、ゆっくりと剣を抜いていく。

 アキマサとしては、不馴れゆえ、誤って自身や俺達を切らない様に慎重に抜いているのであろうが、そのゆったりとした動作は、まるで達人の余裕とでも言いたげな雰囲気を演出し、弾け跳びそうな程の威圧感を纏って何も知らない村人の期待感を煽る。

 暗闇にキラリと光る真白の刀身がそれらを一つに統一して、更に加速させていく。

 おお、ついに抜くのか!

 そんな幻聴すらも聞こえて来そうな空気の中、アキマサが剣を抜ききり、両手を頭上へと掲げた。

 剣を抜いただけなのに……なんだろう? この主役感。


「アキマサ、横に構えろ。このままアイツとギリギリのところですれ違う」

 囁く様に言う。アキマサが小さく頷く。


「プチの加速は凄いからな? 落っこちない様に両足でしっかり挟んで身体支えろよ」

 再度の頷き。


「じゃあ、行くぞ。―――――そうそう。言ってなかったけどソレ、聖剣だと思うよ?」

『へ?』


 はい、切りました~。巨大レイスの胴を真っ二つ。

 

 アキマサが間抜けな顔を見せた同時にプチが疾走。

 初速の反動で上半身が大きく仰け反りつつも、何とか落ちずに耐えたアキマサの身体は、巨大レイスの寸前で急ブレーキをかけたプチの、またまたその反動で身体が前につんのめる。

 それはさながら、剣を大きく振り抜いた様な形の体重移動。

 実際は首がカックン、脳がブルルンと、そんな格好良いもんじゃないが、プチのあの早さの中にあって、それは他者から見ればアキマサが自分の意思で剣を振ったように見えるだろう。


 とは言え、レイスを真っ二つにするだけならプチでも出来る。

 肝心なのは――――


「再生が始まらないな。流石は聖剣さまさま」

 真っ二つになったままのレイスに目を向けつつ言う。

 先程、プチが突き抜けた際、煙のごときレイスの身体は何事もなかった様に元の形を成した。が、今回はそれもない。魔法を扱えないゆえ、普通の剣とどう違って、どういう理屈で幽霊を切れるのか知らないが、とにかく効果は抜群だ。


 しかしながら、身体を上下に半分こされたレイスではあるが、如何せん通常よりも大きいからか、完全な消滅、とまではいっていない。

 一度で駄目なら二度行くまで。


「アキマサ、もう一発いっとくか?」

『ちょ、うっ……気持ち悪ぃ……』

 何やらレイスよりもレイスらしい顔色をしたアキマサの返事を待たずに相棒が再び駆ける。

 さながら暴れ馬のごとし。

 そんな相棒の背にあっても必死に耐えて落っこちないだけアキマサは頑張っている方であろう。

 プチは、レイスの手前で軽く跳躍すると、そのまま前転。もはや剣を握っているだけの綿人形と化したアキマサが、風に巻かれる布切れのごとく、プチの身体に合わせるように剣を振り、眼前のレイスを頭から縦に切り裂いた。


 オオォォォ、なんて声を出しながら消滅していくレイス。気のせいでなければ俺の背後のアキマサも同じ声を出しながら何だか水分を含んだ落下物の歌をうたっているが、俺は振り向いて確認したりはしなかった。レイスの魂が天に帰るように、夕食の肉もまた、大地に帰ったのだ。

 アキマサがプチの背中には吐かなかったという点を評価して、アキマサの名誉の為に言っておくと、下から漏らしたりはしなかった。



「しっかりしろ。もう終わったぞ」

 文字通り、散々()()()()てからの気遣いの言葉。優しさが足りていない。

 足りていないけれど安心は与えられた様で、『ふぁい』と安堵からの溜め息が混じった返事をアキマサが寄越した。



 一度、ほんの少しだけ冷たくなっているだろう盗賊達へと目をやるが、すぐに視線を外してゆっくりと歩き広場へと戻る。

 まさか全員仲良く死ぬとは思ってなかったし、勿論こちらも殺すつもりは最初からなかった。死んだのは盗んだ禁忌を悪用した結果の連帯責任、自業自得の様なモノなので然して同情もしないが。


『あのぅ……』

「ん?」

 その僅かな道すがら。酸っぱい息を背後から届けるアキマサが口を開く。


『さっき聖剣がどうとかって……』

「ああ、聖剣な。以前に見た事あったから薄々分かってたんだが、今ので確信した。 ―――――その剣はこの世でただ一本しかない聖剣で間違いないみたいだ」

『この剣が、ですか?』

「ああ」

『拾い物ですよ?』

「らしいな」

『地面に転がってたんですよ?』

「ウケる」

 そう言って俺が笑った後、少しの沈黙があった。


 プチに合図して歩を止める。向かう先には、手をあげ喜ぶ村人達の姿が見える。

 アキマサに顔を向ける。真っ直ぐ、見据える。


「その聖剣はな、絶対王者(ザ・ワン)という」

『……絶対王者(ザ・ワン)

 噛み締める様にアキマサが剣の名を口にする。


 並ぶ者無き、圧倒的にして、唯一絶対の王者。その冠を頂きに掲げる聖剣。


 何故、森に落ちていたのか――――こういうのは普通、どこかの祠だったり国だったり、それっぽい処に祀られたり称えられたりするもんじゃないのか?

 とまぁ、呆れてしまうような疑問もあるのだが……。

 分かっている事がひとつ。

 持ち主を選ぶソレが、選んだ。という露骨なまでの事実。それはとっても判りやすい現実。

 いつから森に落ちていたか知らないが、長くそこに棲んでいた俺には、良き御近所付き合いに必要なこんにちはの挨拶すらなかった剣。そんな剣が彼を選んだのだ。

 正直言って、その審査基準に俺が引っ掛からなかった事は有り難い限りではあるが、森の中というシチュエーションと物語の進行上において俺が巻き込まれるというシナリオは必要であったらしい。

 わーい、やったー、うれしいな、ありがた迷惑、おとといきやがれ。


 いやまぁ、俺の事はさて置き、選ばれた帳本人ことアキマサのこれからの活躍と、なお一層の発展を慎んで御悔やみ申し上げます。


「どうやらお前は勇者らしい」

 そう言って俺は、背後でキョトンとした顔を見せる青年を眺めた。


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