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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅳ章【勇者ロゼ・後編】
109/237

勇者のお供をするにあたって・47

 トラキアに侵入してから三時間、戦い始めてから一時間は経過していた。時刻は早朝、遠くの山の陰から陽が頭を出し、辺りは暗闇から薄明るく為り始めていた。

 クゥとアレスは互いに疲労と多数の手傷を負いながらも一歩も引かず、未だに戦い続けていた。

 私とセトスもトラキア兵を相手に奮闘し続ける。


「キリがありませんね」

 互いの背を守る様に、セトスと背中を向き合わせた私が肩で息をしながら愚痴を溢す。

『ええ、全く』

 私と同じく荒く呼吸をしながらセトスが返す。


 二人で千は倒しただろうか。

 しかし、それでも続々と私達の周囲に集まり続けるトラキア兵の姿に嘆息する。

 数が多すぎる。

 途中、ジャズを呼ぶか迷ったが、次々と現れるトラキア兵を前に、結局呼び出さずにおいた。

 ジャズは脱出の際の切り札である。体力は温存しておいて貰わねばならない。故にこの場には呼び寄せなかった。

 とは言え、オンフィスバエナ、黒猿(こくえん)リトルマザーと魔獣、そしてトラキア。連日の連戦で体力に不安もあったのも事実だが、アナメトス王より授かった砂漠の女神(イシス)により増大した私の魔力にはまだ余裕があった。

 むしろ、その増大し、慣れない魔力の操作に体力を削る羽目になった。

 と言うのは、未熟な自分への只の言い訳だろう。


 私がそう自分の未熟さを自傷していると、セトスが怪訝そうに遠く、トラキアの空を見る。

 ややあって、

『またです。……聞こえませんか?』

 依然として背を向けたままのセトスが、僅かに後ろの私に顔を傾け、そう声を掛けてくる。

 セトスの言葉に私が先程セトスが見ていた空、正確には遠く、トラキア内の音を聞く様に耳を澄ます。


 そんな私の耳には、クゥとアレスの戦闘音が届き、その音の中、僅かに衝突音が響いた。

「確かに聞こえますね。―――ロゼでしょうか?」

『それにしては場所が広範囲です。少なくともロゼさんお一人が戦って出す範囲では無い様に思います』

「では、カーランからの援軍でしょうか?」

『それにしては早過ぎます。一度言った様に、カーランからトラキアまでは山脈を越えても三日は掛かる筈です』

 飛来する数本の矢を切り落しながらセトスがそう話す。


 そうなると、考えられる可能性としてはジャズが独断で参戦したか、或いは紅い魔女ことフレアが参戦したかのどちらかであろう。

 どちらにせよ、この状況を打破しなければ確認もままならなかった。

 この一時間の間、何度目になるか分からない竜巻を巻き起こし、群がるトラキア兵を吹き飛ばしながら何か良い方法が無いものかと思案していると、それは向こうからやって来た。




「もう一回!」

 オマケとばかりに二つ目の竜巻を顕著させた時、地面を打ち鳴らしてこちらへと向かって来る影が視界に入った。

「……馬!?」

 こちらへと駆けて来たモノは列を為して迫る数十頭の馬であった。その背には鎧を来た人物達が乗っている。

 騎馬隊というやつだろうか。あれは厄介そうだ。


 編隊を組みながらどんどんと近付く騎馬に不安を覚え、そちらに身体を向けると詠唱を始める。


『待って下さい!』

 そんな私をセトスが止めに入った。


 騎馬隊は私達の周囲のトラキア兵の一部を薙ぎ倒すと、開いたその人垣の隙間から私達の元へと駆けて来る。

『セトス王子! ご無事ですか!?』

 騎馬の先頭、赤毛の馬に跨がった兵がそう声を上げる。


『オトロさん! 来てくれたのですね! マロンさん、味方です!』

 セトスが赤毛に跨がる兵に顔を向けながら、そう告げる。

『お初に。バルド王国兵団長オトロと申します。正式な挨拶は後程。今はこの場を切り抜ける事を優先しましょう』

 オトロと名乗った男性が口早にそう告げ、周囲のトラキア兵に顔を向け、次いでクゥとアレスの方を見る。


『あれは……皇帝アレス? それに戦っているのは魔族? 一体』

「彼女は私の仲間です」

 遮る様にして仲間だと告げる私にオトロが顔を向ける。そうして、何かを確かめる様な視線をぶつけてくる。


『カーランの窮地を救ったのはあなた方で間違いありませんか?』

『そうです。マロンさん達です』

 私に代わりセトスが肯定する。


『セトス王子がそう仰るのであれば、信用致しましょう。それに、皇帝アレスが魔王の手の者である可能性、というカーラン王からのお話もどうやら事実の様です。……この眼で見るまで半信半疑ではありましたが、あの強大な禍を前にして違うとは言えぬでしょう』

 そう言い終わったオトロが、一度大きく息を吸い込む。


『聞け! トラキア帝国は魔王の支配する国であるという確証を得た! これにより我らバルド王国はトラキア侵攻への大義名分を得た事になる!

 今より、我らバルド王国はトラキア帝国を完全なる悪と見なし、打って出る! これは聖戦である!

 後続の本隊が到着するまでの間、セトス王子並びに協力者達を死守せよ! 本隊到着後、本格的な開戦とする!

 勇敢なるバルドの兵士達よ! 存分に名を挙げよ!』 

『『『オオォ!』』』


 剣を頭上に掲げたオトロの宣言に、周囲のバルド兵達が声を張り上げる。

 そうして、雄叫びと共にオトロを含む数名を残して、騎馬隊はトラキア兵へと突撃を開始した。

 数こそ圧倒的に負けているが、この騎馬隊はバルド王国の精鋭であるらしく、一人一人が格段に強かった。

 バルド兵が馬を巧みに操りながらトラキア兵を蹴散らしていく様は、まさに爽快であった。

 

 そんな精鋭達の活躍に目を奪われていると、オトロが問い掛けてきた。 

『ここに来る途中、大勢の魔族を引き連れた青年を見掛けたのだが、彼も仲間か? 金髪の青年だ』

「ええ、そうです。一緒に居た魔族達というのは、おそらくトラキアの奴隷達でしょう」

『……何故だ? いくら奴隷とはいえ魔族を助けるなど聞いた事がない』

「彼は人と魔族を区別したりしません。弱い者達を救う事に理由を求めたりもしません」

 一拍置き、力強くその言葉を口にする。まるで自分に言い聞かせる様に。


「だからこそ、彼は勇者なのです」

 私の言葉にオトロと周りのバルド兵が驚いた様な顔を見せる。


『あの青年が、勇者? ――――成る程。いよいよもって聖戦らしくなってきたではないか』

 少し逡巡した後、不敵に笑ったオトロがそう口にする。


『勇者の名は?』

「ロゼ。ロゼフリート」

 オトロの問いに簡潔に名だけを伝える。


『アバドン! オニール! 俺と共に来い! いくら勇者とてあの人数を一人で守るのは骨だろう。残りはここでセトス王子達を守れ』

 それだけ言うと、オトロは二人の兵を引き連れてロゼの元へと馬を走らせた。



 バルドの精鋭達の活躍と、セトスと三人の精鋭の守りを受け、余裕が出来た私は、未だアレスとの一騎討ちを繰り広げているクゥへと視線を向ける。

 

 私が視線をクゥへと目を向けるのと、クゥが竜王大咆哮(バハムートロア)を放ったのはほぼ同時であった。


 皇帝アレスの至近距離から放たれたそれは、完全にアレスを捉え、その身体を穿つ。

 垂直に放たれた竜王大咆哮(バハムートロア)が大地を抉り取りながら突き進み、放ったクゥの視界全面が更地となり、その威力の高さを世界に刻み付けた。


 竜王大咆哮(バハムートロア)の直撃を受け、後方へと弾け飛んだアレスの手から、剣が零れ落ち、甲高い金属音を響かせながら更地となった地面に転がった。



 クゥと皇帝アレスの戦いは、クゥの勝利で幕を閉じたのである。


「大丈夫?」

 両手を膝に起き、肩で息するクゥに声を掛けながら回復魔法を施す。


『うん、平気だよ。それよりロゼの所に行ってみ』


 言い終わるより早く、クゥが唐突に私を突き飛ばした。


 突然の事に呆然と後方へと飛ばされる私の視界の中に、黒い渦に飲み込まれるクゥの姿が映った。



「クゥ!」

 刹那の内に通過した黒い渦、その線上に私を突き飛ばしたままの状態のクゥが居た。

 私の声が響くと、クゥは何処か安心した様に小さく笑い、前倒しで地面へと倒れ込んだ。


 ありったけの魔力を込めて回復魔法を詠唱する。

 クゥは死んではいない。

 が、もはや虫の息と云った様子であった。


 しかし、そんな私の詠唱を遮る様に辺り一帯を爆発による衝撃波が襲う。

 私はクゥを抱き上げると衝撃に備え、同時に詠唱破棄による結界を構築する。

 だが、大した魔力も込められていない急造の結界は衝撃波が届くと直ぐにひび割れ、数秒持たずに砕け散った。


 私のみならず、セトスやバルドの精鋭、トラキア兵、周囲にいた全てを巻き込んで、衝撃の波が周囲を覆い尽くし、一帯を吹き飛ばした。


 クゥを庇う様に背中から地面へと叩きつけられ、一瞬呼吸が止まる。

 投げ出してしまいそうになる意識をかき集め、体を無理矢理に起し次に備え、現状の把握に努める。


 クゥはまだ微かに呼吸をしていた。

 その事に僅かに安堵し、周囲を見渡すと、爆発の中心に禍禍しい黒い躯体をした怪物の姿が目に入る。


「―――アレス!?」

 怪物から流れる禍の質から、怪物が皇帝アレスだと判断する。

 クゥが倒したと思っていた。それ故に油断した。


 おそらくはビブロス同様、あれが人の皮を脱ぎ捨てた本来の姿のアレスなのであろう。

 4メートル程の巨体。頭部には巨大な二本の角が生え、湾曲しながら後方へと伸びている。黒い靄の様に巨体を覆う禍が身体全体の輪郭を朧気にし、そのせいか紅い二つの眼だけが異様に目立ち妖しい輝きを放っていた。


 怪物となった大悪魔アレスを観察しながらも、詠唱し、ありったけの魔力を用いて結界を作り出す。

 いくら砂漠の女神(イシス)で魔力が増大しているとはいえ、私の魔法であれを倒せるとは思えない。

 かといってクゥを連れて逃げきれる自信もない。


 散々迷ったが、結局、私には結界を張り身を守る以外の選択肢など有りはしなかった。


 私が結界を張り終えると、大悪魔アレスが咆哮を上げた。

 そんなアレスからは理性だとか、正気だとかそう云った意思は感じられない様に見える。


 皇帝アレスはクゥに破れた。

 彼は魔王から与えられたその巨大な禍を意思の力で捩じ伏せ、理性ある者として、その力をコントロールしていた。

 しかし、クゥに破れた事でその意思の力は霧散し、押えつけられていた狂暴な禍はアレスの内から顔を出し、今や意思無き暴虐の塊となって私の前に立ち塞がっている。

 


 ロゼが来るまで何としても持ちこたえる。

 持ちこたえてみせる。


 だが、そんな私の決意を嘲笑う様に、大悪魔アレスの一撃で、たったの一撃で私のありったけの魔力の込められた結界は砕けちってしまった。


「そんな……」

 一撃目を相殺し、砕け散る結界の欠片を身に浴びながら、そんな言葉が思わず漏れ出る。

 圧倒的な実力差。

 無意識にクゥを抱き締める両手に力が入る。


 どうする? どうしたらいい?

 今と同じだけの結界はもう出せない。



 怖い。

 ただ怖かった。


 自分が死ぬ事、それ以上にクゥを死なせてしまう事が。

 クゥを守れない自分の弱さに、悔しさに、いつの間にか涙で頬が濡れていた。


 そんな私の涙など暴虐と化したアレスの前には何の役にも立たず、アレスは片手を振り上げると、その圧倒的な魔力を私達に向け解き放った。


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