勇者のお供をするにあたって・43
辿り着いたトラキア城は少し慌ただしい様子であった。
今頃は地下で奴隷解放の為、ロゼが力いっぱい暴れ回っている事だろう。
トラキア兵はその対応に追われている事が、一目に理解出来た。
城門には警備の兵も居たのだが、それらは駆け抜ける私達に少し警戒する様な顔を見せただけで引き止める事はなかった。
騒ぎを起こせば城も手薄になる、と言ったロゼの言葉通り。
『クゥさんの居場所は分かりますか?』
城の内部、正面扉から真っ直ぐ伸びた幅の広い通路を駆けながらセトスが問い掛ける。
「このまま真っ直ぐ。これは……おそらくですが」
『僕達を待っている、のでしょうね』
セトスの言葉に頷く。
城の中へと足を踏み入れる前、魔力の感知範囲を最大に拡げた私の網の中に二つの大きな魔力が引っ掛かった。
初めは、カーランで遭遇したカズマとカズキの二人かとも思ったが、魔力の質が少し違う様である。
力の大きさから見て、おそらく両者共に大悪魔級。
城で待つ大悪魔はビブロス一人だと思っていたが、まさか二人も。これは私達にしてみれば嬉しくない誤算である。
この大悪魔が二人というのも問題なのだが、それよりもその内の片方。
その大悪魔は、私の感知に気付いたのか、私達が城に入った途端にその力を見せ付けるかの様に増大させた。まるで私達を誘う様に、大きく、禍々しく。
強い。カズマやカズキも相当な魔力を保有していたが、そんな二人よりも遥に群を抜いて強大な魔力。
それがビブロスという大悪魔なのかは分からないが、敵には違いない。
城には簡単に侵入出来たが、ロゼと別れたのは失敗だったかも知れない。
「セトス王子」
言って足を止める。
『何でしょう?』
同じ様にセトスも足を止め、私へと顔を向け尋ねる。
私は一度、走って乱れた呼吸を整える様に深呼吸してから言葉を吐き出す。
「この先、とても強大な禍を感じます。私達では勝つのは厳しいでしょう。……ですので、引き返すならばここです」
セトスに真っ直ぐ身体を向け、告げる。
彼を死なせる訳には行かない。彼を止めるなら、もうここしかないと思ったからだ。
『……それは私だけ逃げろという事でしょうか?』
「私はクゥを助けなければいけませんが、セトス王子がこの先に進む理由はありません」
『カーランでも言いましたが、自分だけ逃げるなんて格好の悪い真似出来ませんよ』
「ここで退いたとしても、それは恥でも何でもありません。あなたが無茶に付き合う必要は無いのですから」
私の言葉にセトスが小さく頬笑む。
『私はねマロンさん。あなたの力に為りたいんですよ。――――そんな理由で戦うのは駄目でしょうか?』
私の眼を真っ直ぐ見ながらセトスがそう告げる。優しい目で。
「わ、分かりました。……ですが、危険だと感じたらすぐに逃げて下さいね」
臆する事なく視線を真っ直ぐぶつけてくるセトスに思わず顔を逸らしてしまったが、何とかそれだけ返す。
『努力します』
私の様子が可笑しかったのか、クスクスと笑ったセトスがそう言った。
私はそっと身体を城の奥、正面へと向き直し、一度ここまで走って乱れた服を整えてから、小さく息を吸い、吐く。
そうして緩んだ気を引き締めて、「行きましょう」と正面を向いたまま告げ、奥へと向けて再び足を踏み出した。
高い天井に拓けた空間、私達は玉座の間へと辿り着く。
そして玉座の間には見知った顔の少女と見知らぬ男が二人。
着いてすぐ玉座の少女、クゥへと視線を向ける。
僅かに上下する肩を視認しホッと胸を撫で下ろす。
呼吸はしている。眠っているだけらしくまだ無事の様だ。
私がクゥの無事に安堵していると、
『ブビリス大臣!』
男の一人に向けセトスが叩き付ける様に名を呼んだ。
『これはセトス王子。まさかあなた自らがトラキアまでお越しになられるとは』
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる肥えた男がそう返す。彼がビブロスという大悪魔である様だ。
成る程、中々に嫌らしい顔付きの男である。
だが、問題は彼の後方。
眠る様に玉座へと身体を預けるクゥの傍らに立つ、眼光の鋭い男。
ビブロスなどより遥に大きな禍を有している事がハッキリと理解出来る。
嫌な汗が身体から滲み出るのを感じ、唇を噛んだ。
『まさか私の奴隷共の方に食い付くとは。何の為にコレをビブロスに拐って越させたか分からんな』
彼は表情を変えず、鋭い眼光のまま視線をクゥへと落としそう言った。
『まぁ、直に来るだろう』
男はひとり言の様に呟くと、まるで興味が無いといった様子でクゥから視線を外し、こちらへと顔を向き直す。
「何処の誰だか知らないけど、クゥは返して貰うわよ」
告げ、砂漠の女神を構える。
『そう慌てるな妖精王。私は別にお前には興味は無いんだよ。私はただ勇者と戦ってみたかった、それだけだ』
『おい! 話が違うではないか! 勇者一行を皆殺しにするという話ではなかったのか!?』
男の言葉を受け、睨み付ける様にしてビブロスが声を荒らげる。
『黙れ。私は私のやりたい様にやる』
『貴様! 魔王様がそれで納得なさると思っているのか!?』
『黙れと言った筈だ。勘違いしている様だから言っておくが、私は魔王の部下になった覚えなどない。力を寄越すというから手を組んだまで。ただそれだけだ。
勝手に魔王の剣などと下らない名まで寄越しおって』
『貴様ぁぁ、栄誉ある六番目の魔王の剣を下らないだと』
怒りの声を上げるビブロスを一瞥し、ウンザリとした様子で男が小さく溜め息をつく。
『鬱陶しいデブだ。やりたきゃ自分で勝手にやれば良いだろう。目の前にいるんだ。心配せずとも勇者が来たら私が相手をする』
男の言葉に忌ま忌ましそうにビブロスが舌打ちする。
『まぁ良いだろう。たかが一国の王子と妖精王ごとき私の敵ではないわ』
そう話すビブロスの声が徐々にかすれ、くぐもる。
と、同時にビブロスの肥えた身体が膨らみ、服を破きながら筋肉が隆起していく。
そうして現れたのは手に巨大な戦 斧を持った牛人の姿の大悪魔であった。
『それがあなたの正体、という訳ですかブビリス大臣。……いえ、大悪魔ビブロス』
剣を抜き、ビブロスへと向けながらセトスが口を開いた。
『その通りだともセトス王子。驚いたかね?』
ビブロスの言葉にふふっと小さくセトスが笑う。
『残念ですがあなたより早く、正体を知って驚いた先客がいますから』
言ってセトスが僅かに視線を私に向けた。
先程の大悪魔達の言葉の中に、私が妖精王だといった話が出てきた。
当然、セトスも聞いていた訳で……。
「すいません。―――悪気があった訳では無いのですが」
『……気にしないでください。驚いたのは事実ですが、別にそれが何だと言う話です。いえ、ああ、むしろ、そうですね、より強く鮮明に憧れが強くなったと言って良いでしょう』
「な、何の話でしょうか?」
ふふっと小さく笑ったセトスが『砂漠に咲いた美しい一輪の華の話です』と何でもない事の様に言葉を紡いだ。
んんん? これは……いやいや、今はそんな事を考えている時ではない。
雑念を払うかの様に小さく頭を振って、砂漠の女神を構え直す。
そうして、私がセトスに身体強化の魔法をかけたのを合図に、大悪魔ビブロスとの戦闘が開始されたのである。