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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅳ章【勇者ロゼ・後編】
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勇者のお供をするにあたって・42

『それでどうします?』

 一通り笑い終えたセトスが尋ねてくる。


「騒ぎが大きくなってしまった以上、クゥの居所を探すのは難しいでしょう。何処か落ち着ける場所に身を隠して、騒ぎが小さくなるまで待ちましょう」

『……仕方無い』

 憮然とした表情のロゼが了承する。文句もあるだろうが先の失態で言うに言えないのだろう。


「さっき逃げている時に身を隠すのに良さそうな場所を見付けたのよ」

 私はそう話し、慎重に移動を開始する。

 二人もそれに追従する。


 五十メートル足らずを移動するにも一苦労であったが、何とか目的の場所へと辿り着く。

 私達が向かったのは、帝国内を流れる鋪装された川、その一段下がった場所である。


『ここに入るのか……』

 露骨に嫌そうな顔をしたロゼがそう口にする。

 そのロゼの視線の先、丁度、橋の真下に位置した、金属製の格子が据え付けられた地下の下水道へと続く入り口が見える。


「勿論よ」

 言いながら格子を魔法で外していく。

『とてつもない異臭がしますね。ここに入るには勇気が要ります』

 そう呟くセトスを後ろからグイグイと押して、中へと促す。

「さぁさぁ、文句言わないで見付かる前に入りなさい」

『ちょ、ちょっと押すのは……。自分のタイミングで』

「はいはい、王子、素直に入りましょうね」

 セトスの言葉をまるっと無視して押し込む様にして中へと入る。

『変装さえ……』

 未練たらしく背後でそう愚痴を溢したロゼが私の後へと続いて、下水道へと足を進めたのだった。






『臭い』

 地下道に入ってから何度目かになる同じ台詞をロゼが口にする。

『僕はもう鼻が麻痺して臭いのかさえ分からなくなりました』

 セトスが返す。


 私も覚悟してここに入ったのだが、強烈な異臭に若干後悔している。というか少し気分が悪くなってきた。

 ジメジメとした壁、僅かに濁った水が流れる地面、ネズミや虫がチョロチョロとそこかしこを動き回る空間。オマケに暗い。今は私が魔法で照らしながら進んでいるのだが、こんな所に長く居てはどうにかなってしまいそうである。


「とにかく、このまま地下を通ってトラキア城を目指しましょう」

『そうだな。さっさとこんな臭い所とはおさらばしよう』

 そんな事を話しながら地下を進んでいく。


 しばらく、迷路の様な地下道を感覚だけを便りに進んでいると、今まで進んで来た造りとは違う地下道へと辿り着いた。

『少し造りが変わったな。城の地下か?』

『歩いた距離的に城はまだ先だと思いますが、確かに造りは変わりましたね』

「……少し焦げ臭いかしら?」

『―――ああ……言われみれば少し焦げ臭いか? 異臭の中に混じってるな』

 私の問い掛けに悪臭の中で鼻を鳴らしたロゼが不快そうに答える。

 そうして、匂いを便りにその先へと歩を進めていくと、地下道の暗闇の中に僅かな灯りが見え始めた。

 灯りへと近付く。


『なんだここ?』

 地下道の脇、鉄格子の嵌められた大きめの穴が空いていた。

 その先、地下道を進んで来た私達よりも更に下、煌々と炎が揺らめく大きな空間を見下ろしながらロゼがそう口にする。

 

『これは……製鉄用の高炉でしょうか? 随分規模が大きいですね』

 その広い空間の中にある幾つもの大釜や赤く溶けた鉄を眺める。

 高炉の周りで大勢の人々が作業をしているのが視界に入った。

「軍事国家らしいといえばらしいかしらね。……それよりも先を急ぎましょう」

 そう言って穴から離れて足を進める私を、引き止める様にロゼが呟く。

『あそこにいるの全部魔族だよな?』

 私は気を落ち着かせる様に小さく深呼吸してからロゼに振り返り、静かに言葉を紡いだ。


「ねぇロゼ、私達はここにクゥを助けに来たのよ? 奴隷を助けに来た訳じゃないの」

 先程私が見た、高炉の周りで手や脚を鎖で繋がれた魔族が働いている光景が脳裏に浮かぶ。

 製鉄は危険な作業である。

 ましてこれ程の規模を維持するには、それだけ多くの人手がいる。

 この世界において、魔族とは殺されるか奴隷として働かされるのが普通。運が良いのか悪いのか、今までの旅ではここまで露骨に魔族に酷い扱いをする国や街などは訪れなかった。

 だが、これが魔族の現状。これが世界の普通。

「ロゼ、この光景はこの世界ではこれから幾らでも見る事になる。あなたがそれを変えたいと願っているのも知ってる。でも、先に」

『二人は城に向かってくれ』

 眼下を見下ろしながらロゼがそう告げてくる。


「ロゼ、聞きなさい! ――――あなたは強い。きっとあなたならあの魔族達を助けられるでしょう。

 ――――でもそれでおしまい。それはその場しのぎにしか為らず、魔族の立場は何も変わらない。

 むしろ帝国と対立する事で、勇者としてのあなたの立場が悪くなるだけ。

 本当に世界の普通を、魔族の立場を変えたいならば、先ずは」

『俺は別に世界を救った勇者様になりたい訳じゃない』

 私の言葉を遮ってそう口にしたロゼが絶対王者(ザ・ワン)を抜く。


「ロゼ! クゥが捕まってるのよ!? 馬鹿はよして!」

『アイツらが何の為にクゥを拐ったかは分からないけど、クゥに利用価値がある内は殺さないさ。殺すつもりならクゥはカーランでとっくに死んでる。――――俺が近くに居たのに……自分の腑甲斐の無さが嫌になるよ』

 言ってロゼが絶対王者(ザ・ワン)を頭上に構える。


『クゥと約束したんだ。……ここで魔族を見捨てたらきっとクゥは怒るだろうぜ?』

「魔族を助けるのなら、先にクゥを助けてからでも遅くないでしょう? だから先にクゥを助けに行きましょう」


『いーや、同時進行だ。どっちみち城に入るにしても暴れなきゃいけないんだ。それなら、ここで俺が暴れりゃ城も多少は手薄になるだろ。クゥはマーちゃんとセトス王子に任せるよ』

 告げたロゼが僅かにこちらに顔を向け、不敵に笑う。


 力付くでも止めるべきか少し迷った。

 けれどロゼはロゼで信念が、譲れないものがあるのだろう。

 製鉄場から地下道へと射し込まれる炎の明りが、不敵に笑うロゼの顔を照らし出す。彼の熱を映し出すかの様に。

 

「もう! 勝手になさい!」

 投げ付ける様に言葉を発する。

 私はロゼの説得を諦め、ついでに地下道の移動も諦めて地上への道を探す為に走り出した。セトスも慌てて私の後ろについてきた。

 勝手するロゼに少々腹を立てながら、舵取りも中々上手くいかないものだと独りごちる。


 そうして私が地上へと通じる道を見付けた頃、少し遠く、後ろから激しい衝撃音が耳に届いたのである。






 地下道から地上へと出ると、辺りが騒がしかった。

 至る所で兵が駆け回り、深夜にも関わらずトラキア住民達も何事かと窓から顔を出していた。

 そんな騒ぎの中、トラキア兵BとCの姿をした私達を気に止める者など居る筈もなく、私達は堂々と城へ向けて駆けて行く。


『ロゼさん、大丈夫でしょうか?』

「ロゼは強いですから。その辺の兵がちょっと束になった程度なら問題ないでしょう。むしろ大悪魔がいる事を考えれば私達の方が心配です。勝てる相手なら良いのですが」

 トラキアの街を駆け抜けながら、そう心配事を口にする。

 カーランで大悪魔、黎明(れいめい)のカズマ、宵闇(よいやみ)のカズキら二人の力の片鱗は見たものの、実際に戦った訳では無いので、大悪魔の実力は未だ未知数。私とセトスだけで勝てるのだろうか。


 いくら考えてもそんな不安は解消される筈もなく、心配と不安を抱えたまま私達はトラキア城へと辿り着いた。


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