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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅳ章【勇者ロゼ・後編】
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勇者のお供をするにあたって・41

『さて、流石に馬鹿正直に真正面から侵入する訳にも行かないし、どうしたもんかな』

 暗闇の中、遠くに見える明りを眺めながらロゼがそう口にする。

 カーラン・スーから北東に飛び、私達が降り立ったのはトラキア帝国から少し離れた場所。周りは小さな林の様になっており木々が立ち並んでいる。


「セトス王子、トラキア帝国とはどういった国なのでしょう?」

 横のセトスに尋ねる。


『父も少し触れていましたが、トラキアは世界随一と言って差し支えない程の軍事力を持った国です。

 実力主義、とでも言いますか、出自に関わらず、力を持つ者は優遇される稀有な国柄です。

 治めているのは皇帝アレス。軍神とも呼ばれる程、武勇に長けていると言います。

 トラキアは、我が国とも度々小競合いを起こして来ましたが、大規模な衝突は僕の知る限り一度もありません。

 理由としてはカーランが砂漠に囲まれた土地という事と、途中にあった山脈のお陰です。

 ここに来るまでワイバーンで山々を飛び越えたので実感は無いかも知れませんが、トラキアが進行するにはあの山脈を徒歩で越えるか迂回しなければなりません。しかし、迂回しようにもその先にあるバルド王国という大きな国がそれを難しくしているんです。

 バルド王国は歴史も古く、大きな力を持った我が国の同盟国ですから、トラキアとてすんなり素通り、という訳には行かないんです。

 小競合いで済んでいるのはそう云った理由からです』

 セトスがそう説明した後、小さく息をついた。

 いずれは国を背負うセトスにとってトラキアは目の上のコブ、と言った所であろう事がやや苦い顔をしたセトスの表情から伺えた。


 セトスが続ける。 

『仮にカーランがトラキアに軍を向けたとしても早くて一週間。

 山脈を越えれば三日も掛からないでしょうが、あそこは魔獣が多く棲息していますから、余り現実的な移動手段とは思えません。トラキアとの衝突前に疲弊するのが目に見えていますから。

 ですので、父はああ言いましたが、援軍は出る出ないに関わらず期待出来ないと思って下さい。

 ただ可能性として、父がバルド王国に助力を求めれば、或いはバルド王国から何らかの協力は得られるかも知れません。……それも薄い可能性ではありますが』


『元から援軍を期待しているなら、こんなに早く動かないさ』

 申し訳なさそうに話したセトスに、ロゼがそう返す。


『それに』

 尚も言葉を紡ごうとするロゼを片手で制止つつ、口元で人差指を立てる。

 それで何を言わんとされたのかを悟った二人が息を殺して物陰に身を隠す。

 辺りを静寂が包む。


 ややあってから小さな話し声が聞こえ始めてくる。

 声は時間と共に徐々にその声量を上げ、言葉を明確にしてゆく。


『見間違いだって、もう帰ろうぜ』


『あんな馬鹿デカイもん見間違えるかよ。あれは確かにドラゴンだった』


『はぁ、……お前さぁ、仮にドラゴンだったとして三人でどうしようってんだ』


『別に倒すとか言ってねぇだろ。報告だよ報告』


『わざわざ自分で仕事増やすかフツー』


『同感だ』

 そこでもう一度彼は溜め息をついた。


 私達に近付いて来たのは松明を掲げた三人の人物。

 声から察するに男性で、揺らめく松明の明りに映し出された恰好から兵の様である。場所からしてトラキアの見廻り兵だろう。

 このまま静かにやり過ごそうと、物陰で身を潜め続ける私の肩が軽くつつかれる。

 振り返ると暗闇の中でロゼが握りこぶしを作り、自分のこめかみを軽く二回小突いた。


 これは、―――気絶させろという事か。

 声を出さず、唇だけを動かし、本気? と尋ねる。

 それを受けてロゼが小さく頷いた。 


 何か考えがあっての事だろう、と私も頷き返す。

 少し悩んでから麻痺魔針(パラライズ)の魔法を選択し、行使する。バレない様に無詠唱で行動不能にするなら、この魔法がベストだろう。

 親指と人差指で輪を作り、兵に輪を向け、軽く息を吹く。

 放たれた魔針は、鎧の隙間を縫う様に三人の兵を捉えた。


『痛っ!』針を受けた兵がそれぞれ驚きの反応を見せたが、直後に三人仲良く地面に倒れた。


「で、どうするつもり?」

 三人の兵が倒れた事を確認して、私がロゼにそう問い掛ける。


『へっへっへっ、良い事を思い付いたんだよ』

 ニヤニヤ笑いながら兵へと近付いていくロゼを見て、何となく何がしたいのか察した。


『こいつらに化けて帝国に侵入しよう!』

 ふふん、と胸を張ったロゼがそう言った。


 やっぱり。そうだと思った。

 嬉々として兵の身ぐるみを剥いでいく今のロゼの姿は、勇者どころか追い剥ぎにしか見えない。

 

 盗賊に転職したロゼを見ながら、はぁ~、と溜め息をつく。

 そんな私の横では『クククッ、まさか本当に、即興でこういう事を実行する人が居るなんて』と口元に手を当て、笑いを押し殺す様にセトスが呟いた。






『中々、様になってるな!』

 両手を腰に当て、トラキア兵Aの恰好をしたロゼが感想を述べる。


「上手くいくかしら?」

 不安そうにそう口にしたのはトラキア兵Bの姿をした私。


『まぁ、上手くいく事を祈りましょう』

 楽しそうに告げたのはセトスことトラキア兵Cである。


『んじゃあ、準備が出来た所で、トラキア帝国に向かうとしよう。正面から堂々とな!』

 ロゼが自信満々にそう宣言した。








『おい! 居たか!?』


『いや、もう少し向こうを探してみるぞ』

 そんなやり取りをしながら通りを去っていくトラキア兵を物陰から見送る。


『おかしい。どうしてこうなった?』

 もの凄く不満そうな顔をしたロゼがぼやく。

 その横で心底愉快そうにしたセトスが笑いを堪えている。





 遡る事、十分前。

 意気揚々とトラキア帝国の門前までやって来た私達は、その勢いのまま正面の大門横にある、小さな扉を潜り抜け様と歩を進めた。

 余裕綽々のロゼに至っては『ご苦労さん』などと門前にいた兵に声を掛ける有様だ。


『おい! どこに行く!? 任務中だぞ!』

 そう叫び、私達を呼び止めたのは私達の恰好とは少しだけ違った鎧を纏った兵であった。上官だろう。


『はっ! 林にてドラゴンらしき姿を目撃したので報告をと』


『馬鹿か、報告ならば俺にしろ。――――ん? お前誰だ? 俺の隊の奴じゃないな?』


『えーと……』


『所属は?』


『……ト、トラキア第三師団?』


『………』


『………』

 何も言わずにその上官は剣を抜き、ロゼに突き付けた。


『どこの密偵か知らんが、貴様が馬鹿なのは分かった』


『あははは』

 頭を掻き、笑って誤魔化そうとしたロゼが、突き付けられた剣をスルリと潜り、そのまま上官を蹴り飛ばした。


『侵入者だ! 捕らえろ!』

 周りで私達の様子を見ていた兵達が声を上げた。


『アッハッハッハッ!』

 とても愉快そうなセトスが目に涙を浮かべて笑う。


「笑ってる場合ですか!」

 捕らえようと迫る兵達を相手取りながら私が文句をつける。

 笑いながらも兵達を軽くいなしていくセトスの様子から、実力の高さを伺え知れた。


『くっそ~、絶対上手くいくと思ったのに!』

 兵を蹴りつけながらロゼが叫ぶ様に愚痴る。

 どんな自信があって絶対上手くいくと思ったのか、状況が状況でなければ詳しく問い詰めてやりたいところだ。

 クゥの身が危険だと云う事を理解しているのだろうか。止めなかった私が言うのも何だけど。


『こうなっては仕方ありませんね。強行で侵入して身を隠すとしましょう』

 通行用に設けられた鉄の扉に目を向けて、セトスがそう提案する。

 そちらに目を向けると何人もの兵が扉の前で陣取っているのが視界に入った。

 結局力押しか、と溜め息が出るが今更であった。

 ならばと、アナメトス王より授かった砂漠の女神(イシス)の試運転代りに私がそれらに向けて風属性魔法を行使する。


「あれ~?」

 顕著した魔法を眺めながら私が疑問の声を上げる。

 私は扉の前に陣取る兵達を、ちょっと吹き飛ばす程度の威力の風を生み出した。


 つもりだった。


 だが、私の思い描いていたものとは違い、顕著された魔法はちょっと吹き飛ばす程度などでは無く、十数メートルはあるであろう大きな竜巻となって兵に襲いかかったのである。

 意図せず現れた竜巻に私は僅かに呆けてしまう。


 しかし、すぐに気を取り直し、慌てて竜巻を消した。


 危ない、死人が出る所だった。

 竜巻に翻弄され、十数メートル上空まで浮き上がった兵をロゼが受け止めなければ間違いなく痛いでは済まなかったであろう。

 ロゼの咄嗟のアシストにホッと胸を撫で下ろす。


『ちょっとびっくりしたけど、チャンスだ。今の内に行くぞ』

 ロゼがそう言って、扉へと駆けていく。

 ロゼの後に続きながらも、周りに目を向けると、驚愕し、硬直してしまっている兵の姿が見えた。

 どうやら今の竜巻で実力の差を見せ付けられ、動くに動けない様だ。

 う~ん、制御に失敗しただけなのでちょっと複雑な気持ちなんだけど、一応、帝国内の侵入には成功したので気にしないでおこう。


 こうして、即バレの変装やイレギュラーな竜巻を経て、現在は帝国内の物陰をコソコソ移動中という訳である。


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