勇者のお供をするにあたって・40
「セトス王子、少し変な質問をしても?」
『ええ、どうぞ』
並んで歩きながら、会話をする。私達の少し後方には護衛の兵士数人がついて来ている。
「……王子は戦う事を怖いと思った事はありますか?」
『ええ、勿論。と言うか僕は恐くなかった事など一度もありませんね。――って、これちょっとかっこ悪いですね』
そう言ってセトスが笑う。
「いえ、そんな事は。ただ、少し意外です。―――私達を助けに来た時のあなたはとても勇敢な方に見えました。幾多の兵を率い、自ら先陣を切り、鼓舞する。とても怖がっている様には見えませんでしたが」
『ははは、良く言われます。普段の姿と戦場での姿が違い過ぎると。でも実際、やはり戦う事は怖いです』
「死ぬ事が、ですか?」
『勿論それもありますが、僕の場合は王子という立場で兵士達の上に立ち、戦場で兵士達の命を預かる身ですから、そういう怖さの方が強いかも知れませんね。
どうすれば誰も死なせずに済むのか。どうすれば皆生きて帰れるのか、そんな事をずっと考えています』
私に顔を向けて、真剣な表情でセトスがそう口にする。
それから正面に向き直り、小さく微笑み話しを続ける。
『ですから、戦う事に怖じ気付いていては、本当に守りたいモノを守れません。やはり、そういったモノは自分の手で守るべきだと僕は思うので。
守る為に、何を考え、どう動くべきか、どれだけ悩んでもそこに正解などは無いでしょう。幾度も自問自答を繰り返すでしょう。
例え導き出したそれが間違いであったとしても、止まっていては誰も守れませんから。反省は後からすれば良いんです。それを糧として次に進めば良いんです。
マロンさんがどういったお気持ちかは分かりませんが、守りたいモノがあるのなら多少の我を通してでも自分の手で守るべきです。
それは、疎まれる事もあるでしょうが、自分の選んだ道ならばきっと後悔はしないでしょう。
自分勝手かも知れませんが、守りきれれば結果として自分の勝ちなんじゃないでしょうか? 自分が誰にどう思われようともね。
とまぁ、これは僕の持論でしかありませんけどね』
セトスは少し照れ臭そうにそう話し『ただ、やっぱり怖いモノは怖いんですけどね』と笑いながら頭を掻いたセトスが、そう付け加えて話を締め括った。
「守りきれれば勝ち、ですか……。そうかも知れませんね。
結局、私は嫌われたくないとか、悲しませたくないとか、そんな風に思って足踏みしてしまうところがあるのでしょう」
『別にそれは悪い事ではありませんでしょう? 誰だって嫌われるよりは好かれたいです。ただ、私が思うに、例えばマロンさんが多少我を通したとしても、それはロゼさんやクゥさんを思っての事。あのお二人がそれを分からずマロンさんを嫌いになるとも思えませんけどね』
ふんわり笑ったセトスが、感嘆混じりとでも言う風な口調で話す。
「ありがとうございますセトス王子、随分気が楽になりました」
『それは何よりです。ところで』
セトスが何かを切り出す前に、一人の兵士が私達の元へと駆けてきた。なにやら慌てた様子で。
『問題が起きた様です。王宮へと戻る様にと陛下が』
『わかった。一旦、戻ろう』
そうして私達は、真剣な表情で返すセトスと共に王宮へと戻る事になった。
☆
私達が王宮、謁見の間へと戻ると既にロゼやアナメトス王が集まっていた。
『すまないマーちゃん。クゥが拐われた』
私が戻ると、苦々しい顔をしたロゼがそう告げてきた。
「クゥが!?」
『何があったのです!?』
ロゼの言葉に私が驚き、セトスが説明を求める。
『居合わせた兵士達の話しに寄ればブビリス大臣が彼女を抱えて、帝国の城で待つ、と言い残して忽然と姿を消したようだ』
難しい顔をしたアナメトス王がそう話す。
『ブビリス大臣が!? 何かの間違いでは!?』
『その大臣がお探しの大悪魔だった様だ』
ロゼがセトスを睨みつける様にして言葉を吐き出す。
セトスが悪いと思っている訳ではないだろうが、なかば八つ当り。やり場のない憤りをどうして良いものかロゼ自身にも分からないのであろう。
『まさか? 彼が大悪魔?』
『間違い無い様だ。姿を消す前に、大臣が自分でそう名乗ったそうだ。まさか我が国の大臣が大悪魔であったとは……。余も随分耄碌したものだ』
小さく頭を抱えたアナメトス王が自虐的に告げる。
「すぐ助けに行きましょう」
私が言うとロゼが大きく頷く。
そんな私とロゼをセトスが引き止める。
『待って下さいマロンさん。罠に決まっています。トラキア帝国に向かった大臣の目的や、帝国との関係も分からないのに乗り込むなど自殺行為です』
『セトスの言う通りだ。トラキア帝国は西の大陸、いや、世界的に見ても一、二を争う程の列強国。いくらそなたらが強いと言っても、策も無しに向かって無事では済むまい』
「ご忠告痛み入ります陛下。ですが、彼女は私達の大事な仲間です。例えそれが罠や強国であろうと私達が助けに行かねば」
そう言い、踵を返して出で行こうとする私とロゼに、小さく息を吐いたアナメトス王が口を開く。
『意志が固いならば強くは止めぬ。しかし、我が国を救ってくれたそなたらを見殺しにする様な真似をする事は出来ぬ。……セトス、お前も行くが良い。まだ帝国が大悪魔、或いは魔王と繋がっていると決まった訳ではないが、準備が整い次第、こちらも兵を出そう』
そう力強く告げたアナメトス王に慌てて口を挟む。
「ま、待って下さい! セトス王子を共になど、万が一の事があっては、………それにカーランが兵を出せばそれは戦争になってしまいます!」
『無論、そんな事は承知しておる。余は何も根拠も無しにトラキアを魔と繋りがある国だと申しているわけではない。―――心当たりがあっての事だ。動くのはそれを一度調べてから、という事になるゆえ、必ず援軍を出せると約束出来るものではない』
「ならば余計にセトス王子を共に出すなど」
『大臣の正体を見抜け無かったのは、我が国の失体である。それ位の協力をせねば示しがつかぬのだ』
『王の言う通りです。これ以上、国の恥は晒せません。僕も帝国へと向かいます』
二人の言葉に押し黙ってしまった私にロゼが『マーちゃん』と呼び掛けてくる。ただ名前を呼んだだけであったが、何かを急かす様に。
「ええ、分かってる」
表情を見る限り、二人の意志も堅い様子である。
ここで不毛な押し問答をして時間を無駄にするつもりは毛頭ない。
私がセトスに顔を向け大きく頷くと、セトスも頷き返してきた。
『もうひとつ、これをそなたに授けよう』
逸る私の気持ちを抑える様にして、アナメトス王が手に持った物を差し出してくる。
差し出しされた物は美しく装飾を施された一本の杖。
それは金を基調とし、中腹から先端へと二匹の蛇が絡み付き、先端には紅い宝石が嵌め込まれている。その宝石を中心に翼が左右へと広がる様に据え付けられていた。
『我が国の宝杖・砂漠の女神である。魔法に長けたそなたならばきっと使いこなせるであろう。これで友を救うが良い』
「しかし、そんな大事な、―――いえ、ありがとうございます」
一度は断りを入れようとして止める。
私には必要だろう。
アナメトス王の手からそれを受け取ると途端に、魔力が溢れ出しそうになる。
慌ててそれを抑え込み、制御する。
宝杖と言うだけはある、という事だろう。増大した魔力が私の中で波打つのが実感出来た。
突然の魔力の増加に、気を抜くと力が漏れだしそうになる。馴れるまでは制御するだけで大変そうな代物である。だが、それは裏を返せばそれだけ強力な力であるという事に他ならない。
「ありがとうございます」
もう一度アナメトス王に頭を下げて礼を述べる。
そうしてジャズの背に乗り、三人はトラキア帝国へと向かったのである。