勇者のお供をするにあたって・38
『なんで俺よりお前のが序列が上なんだよ眼鏡!』
『知らんよ』
『眼鏡か!? その眼鏡の分、知性が上乗せされているのか!?』
『ないわー』
敵と対峙しているにも関わらず、緊張感を微塵も感じさせない二人の余裕綽々と云った様子に、軽く冷汗が流れる。
私達等どうとでもなる、そんな風な態度が二人の実力を表している様であった。
「皆さん! 広場から離れて下さい!」
大悪魔達の名乗りを受け、私が広場の人々に向け声を張り上げる。
何事かと舞台を見ていた人々の耳に、必死な声色をした私の言葉が届く、―――糸を張る様な刹那の緊張と沈黙―――直後、空間を割く様な悲鳴を上げ始める。
あっという間に広場は騒然となり、蜘蛛の子を散らす様に広場から離れていくカーランの人々。
パニックになってしまったのは軽率だったと感じたが、今は悠長に避難誘導を行える余裕などない。
私達だけで、大悪魔を相手にこれだけの人数を全て守るなど不可能なのだ。一刻も早く広場を離れて貰わねば、戦いに巻き込まれ、またラヴィールの様に多くの犠牲者が出てしまう。
「セトス王子もお早く」
隣のセトスにそう声を掛ける。
『御冗談を。ここは僕の国です。そして、国を守るのは僕の役目です』
セトスは怯む事なくそう強く言い切って、腰から下げた剣を抜き構えた。
「しかし、彼らは魔王に仕える大悪魔です。王子に万が一の事があっては……」
『あなたが残っているのに、僕が逃げる? そんなカッコ悪い姿をあなたにお見せ出来ませんよ』
私を目を真っ直ぐ見つめながら小さく微笑むセトス。
逃げる気は無い様だ。
『おい、クゥ、あいつらちょっとヤバそうだぞ? 平気か?』
『うん! 大丈夫だよロゼ!』
任せて! と白い手甲を腕に顕著させたクゥがロゼの隣で自信有り、とばかりに構える。
『無理すんなよ?』
『むぅ、大丈夫だってば! ロゼの心配しょー』
クゥが不満気に頬を膨らませ、そう抗議した。
『圧倒的! 圧倒的敗北感!』
『甘い……空気が甘い』
私達のやり取りを見ていた大悪魔達がそう言って何故か落ち込んだ。
『マーちゃん、その大悪魔ってのは何だ?』
落ち込む大悪魔達を他所に、正面を向き、剣を構えたままのロゼが尋ねてくる。
「……大悪魔というのは、魔獣と違い、魔王に自らの意思で付き従う者達。いわば魔王の側近達よ」
いつかは遭遇する相手だとは思っていたが、よりにもよって大魔獣との戦いを終えて万全ではない今日がそのいつかだとは……。
世の中、災難と云うのは畳み掛けるものであるらしい。その事を苦々しく思う。
『魔王の側近……なるほど、確かに見た目は人間と変わらないが強い禍を感じるな』
正面を警戒しながらも、舞台上の二人を確める様に眺めたロゼがそう口にする。
『ふっ、そりゃあ俺達は元人間だからな。見た目は人間だろうよ』
ロゼの言葉に、黎明のカズマと名乗った大悪魔が鼻で笑い、仰々しく片手を上げて言葉を続ける。
『俺達は、より強い力を求めて人間をやめたのだ。なぁ糞眼鏡』
『え、俺は違うけど?』
『死ね』
忌ま忌ましそうに宵闇のカズキを睨みつけたカズマが吐き捨てた。
仲は悪い様だ。
「大悪魔が元人間と云うのは初耳ね。魔獣ならぬ、魔人、と言った所かしら」
私の言葉に、カズマがフッと鼻で笑い『魔人か』と呟いた。
何かにつけていちいち鼻で笑うのは癖なのだろうか?
そんなカズマの態度が偉そうで、ピリピリとした空気の中で緊張と不安もあってか少しイライラする。
『魔人もカッコいいな?』
『せやな』
どうでも良いとばかりにカズマの言葉をばっさり切り捨てたカズキが、腰の左右に下げた剣を二本抜き、それぞれを両手に構える。
『ロマンのわかんねー奴』
カズマがつまらなさそうに言葉を吐いた。
『お前ら何しに来たんだ?』
ロゼが問う。
『んー、いや、ビブロス……あ~、他の大悪魔がね、もうすぐ大国カーラン・スーを手中に治めるガッハッハッって言うから見に来たんだけど……』
告げたカズキが辺りを見回し、方眉を上げ、少しばつが悪そうな顔で言葉を続ける。
『失敗かな?』
『失敗だろ。アイツ馬鹿だし、デブだし』
『デブロス』
『それな』
そう言って二人で可笑しそうに笑う。
仲が良いのか悪いのか、よく分からない二人である。
「……つまり、今回のカーラン・スーの件は大悪魔が関与していたって事かしら?」
おそらくビブロスと云うのが今回の策を弄した大悪魔の名前であろう。
とにかく今後の事も考え、出来るだけ情報を引き出す事にする。
『……』
しかし、私のその質問をカズキが無言で返す。
情報を渡すつもりは更々無い、という事だろうか。とも思ったがどうもカズキの様子が可笑しい。何かを考えていると言うより、他の事に集中して質問自体が耳に届いていない風であった。
『……おい、聞いてんぞ眼鏡』
そんなカズキの様子をいぶかしげに眺めていたカズマが指摘る。
しかし、尚も上の空で一点を見つめるカズキ。
カズマ同様、そんなカズキを訝しく感じた私がその視線の先に顔を向けると、困惑した表情で構えるクゥが目についた。
どうやらカズキはクゥを見つめている様である。隅から隅まで観察する様にじっくり。
そして、クゥを見つめたまま時が止まったかの様に微動だにしなかったカズキが、呼吸を思い出したかの様に、くはぁと息をついて、小さく呟く。
『……くっそ、超可愛い……いいよなー、ケモ耳いいよなー、くっそくっそ!』
「『きもっ』」
私とカズマが同時に感想を漏らした。
『お前らに俺のロマンが分かるかぁぁぁあ!』
修羅の如き形相をしたカズキが地団駄を踏みながら、悲痛な叫び声をあげた。
そんなロマン分かりたくもないんですけど?
『おらぁ! そこのスケコマシ勇者! 大人しく死ね!』
意味不明な動機で態度を豹変させたカズキが、右手に持った剣の先端をロゼに向け挑発する。
そんな彼を、言わば魔王配下の同僚である筈のカズマが冷たい目で眺めていた。まるでゴミでも見る様に。
『まぁ、ヤル気になってるならほっとくか。おい、勇者は任せるぞロリコン。俺はこっちのおかっぱ王子を相手すっから』
虫でも追い払う様に、しっしっと片手でカズキを促すカズマ。
『おう、任せろ。千切りにしてやんよ。――――双影剣』
カズキが先程までの荒れた態度を一変させ、研ぎ澄まされた冷たい刃の様な静かな目をして、技を発動させる。
技が発動すると、途端にカズキの身体が薄く霞がかり、二重にブレて見え始めた。
分身の様なものだろうか?
『インパクト!』
次いで、カズマが自身の待つ大槌に魔力を込め始める。
ジワジワと大槌にどす黒い禍がまとわりつく。
そうして、カズマは大槌を構え不敵に笑うのだった。
リトルマザーやオンフィスバエナ程の禍は二人から感じ取れないが、しかし、今私達の前に居るのは魔王の剣、側近達である。目に映り、感じる力が全てとは限らない。
少しの油断が死を招くのは戦いの場に於いてはもはや常識である。
緊張か集中か、その両方か。自分の鼓動と呼吸の音が大きく聞こえてくる。
『来るぞ!』
ロゼの言葉で、その場にいた全員に一層の緊張が走る。
こうして、私達と大悪魔達の戦いの火蓋が切って落とされ―――
なかった。
初めは唐突に消えた二人に驚き、身体が反射的に堅くなった。
見えない! 速すぎる!
その事に恐怖した。
だが実際は、張りつめた空気の中、カズキとカズマがいざ動き出そうとした瞬間、二人は鈍い衝撃音を鳴らして、空の彼方へと飛んでいってしまったのである。
そんな二人を武器を構えたまま茫然と眺める私達四人。
気のせいで無ければ二人の飛んでいった夜空にキラリンと星が瞬いた。
『なんやあいつら?』
声のした方に顔を向けると、調べたい事があると言って私達とは別行動を取っていたフレアが、空の彼方へと消えて星となった二人を眺めていた。
間違いなく今のはフレアの仕業であろう。
何かも分からず、何となく敵だろうという理由で吹き飛ばすフレアがちょっと怖い。
『……フレアさん』
『ん?』
『空気読みましょうよ』
『は?』
ロゼが私達以外居なくなってしまった広場でボソッと呟いた。