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【Prelude de noir】 3-3
そして、その夜。
私はいつものように方舟の手綱を引いて、あの島へ向かう。
彼はいつものように受け渡し場所である広場の隅にある瓦礫に腰かけて、空を見上げていた。その目線が私をとらえ、その表情が一瞬だけ変わる。
とても優し気な視線で、けれどとても悲しそうな笑顔。
それは一瞬の幻のように消え、後にはいつもの彼が残った。
すぐそばへと降りてきた私を見て、
「こんばんは」
と、彼はいつものように言う。
「こ……こんばんは」
沈黙が、降りる。
さざ波の音が、響く。
『天使と悪魔が結ばれることはあり得ません』
『恋をしたら、周りのことなんて関係ない』
さぁ、始めよう。
「今夜は、」
「今夜は!」
いつもの、彼のセリフを遮って。
私は、ありったけの想いを込めて言う。
「月が、綺麗ですね」
おそる、おそる。
見上げた彼は、目を瞬いて。
けれどすぐ、うれしそうな笑顔に変わる。
「……あぁ、そうだな」
刻まれなかった運命の刻を進めよう。
輪廻を外れた姿で出会えた、奇跡の下で。




