【Prelude de noir】 3-2
「……い、おーい、聞いてる?」
「え?」
ふと我に返ると、友人が私の向かいに座って眉をひそめていた。
ここは私お気に入りの、街から少し離れた森の中。その中でも特に大きな木に寄り掛かって、ぼんやりしているのが私の日課だったりする。
一体いつから私に呼びかけていたのか、友人は少しふてくされているようだった。
「やっぱり聞いてなかった。最近おかしいよ?」
だがすぐにその表情は心配そうなものに変わり、私を見つめてくる。
「ごめんね、ちょっとぼんやりしてたから」
ぼんやりしてたのは本当だ。いつものことだし、珍しくもない。
珍しいのは、
「何か悩み事?」
「……ううん、考え事」
ただぼんやりしていた、わけではなくて。
〝あの人〟の事を考えていた、ということ。
だって、考えれば考えるだけ、妙な話だ。
彼は悪魔で、私は天使で。
輪廻から切り離され、もはや誰かを捜す必要はないのに。
どうしてこんなに、苦しくなるんだろう。
どうしてこんなに、会いたいと思うんだろう。
「……ねぇ」
「何?」
思考はまとまらないまま、私はパッと思いついた言葉を吐き出した。
「運命の相手に出会えなかった魂って、どうなるの?」
彼女の仕事は、輪廻にある魂が運命の人を見つける手助けをする〈繋ぎ人〉だ。
あくまで手助けであり、最終的に結ばれるか結ばれないかはその魂によるのだけれど。
少しでも彼らが幸せになれるように、こっそりと後押しをするのが仕事である。
「ようするに、私たちの仕事がうまくいかなかったとき?」
彼女の返答を聞いてから、私はハッとする。
「そういう意味じゃないよ? ただ、最終的に結ばれるかどうかは魂の問題だし、だからその……」
「冗談だよ。別に怒ってないから」
慌ててつなごうとした言葉は、彼女の優しい声にさえぎられた。
「確かに、結ばれなかった、出会えなかった魂もごくたまにだけど、あるよ」
私も一回失敗した、と彼女は小さくつぶやく。
「出会わせることができないまま、自殺した子がいた」
私はただ、彼女の横顔を見つめるしかなかった。
いつも明るくて能天気だとすら思う彼女の表情が、とても悲しそうな笑顔だったから。
ふと目を伏せた彼女は、ポツリとつぶやく。
「今でもずっと、後悔してる。あの時、私がもっとうまく背中を押してあげればよかったのかなとか、きっかけをつくってあげればよかったのかなとか」
でもね、と。
顔を上げて、彼女は笑った。
「その子は、次の一生をすごく大事にしてくれた。苦しくても悲しくても、前を向いて、ちゃんと幸せをつかみ取ってくれた」
命は、めぐり続ける。
めぐり続けたその先で、出会うことができる。
たとえ輪廻を、外れても。
「そういう子を見てて思ったの」
〈繋ぎ人〉はどうやら彼女の天職らしい。
だって、彼女がこんなにキラキラしてるから。
だって、彼女がこんなに幸せそうだから。
「恋をしたら、周りなんて関係ない。一直線に、相手のところへ行けばいい」
どうしてだろう。
今はなぜか、どうしようもなく、
「大事なのは、相手と自分が幸せかどうかだから」
――――――――泣きそうだ。
「……ありがとう」
「え?」
彼女は私の言葉に振り返り、小さく首を傾げた。
「なんでもない! じゃあ、私行くね」
パッと立ち上がり、私は彼女に笑顔を向ける。
「あ、うん……」
突然立ち上がった私に驚いているのか、あいまいな返事をした彼女に手を振って私はその場を後にした。
その彼女を見送った、友人は。
「まさか、ね……」
彼女が最後に振った左手に。
〝赤い糸〟を見た気がした。




