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【Prelude de noir】 3-1
「こんばんは」
「……こんばんは」
私が〈案内人〉を命じられて数日。
彼とは最初の日に軽い自己紹介をして以来、ほとんど会話をしていない。
その中で、唯一続いているのがこのたった一言のあいさつだった。
だが、今夜は。
「今夜は、海が綺麗だな」
「……そうですね」
不意に切り出された彼の言葉に、私は当たり障りのない相槌を打った。
会話を続けようにも何を言っていいか、いつもならいくつか候補が上がるはずの私の頭はまるでその役割を果たさない。その代わりにもならないが、沈黙を誤魔化そうと私は海へと目を向ける。
夜の静寂を邪魔しないよう、海は心地よいさざ波の音を立てていた。
「……あなたを」
「え?」
あなたを ―――――なんて。
「いえ、なんでもないです」
喉元まで出かけた言葉は、飲み込んで。
私はいつもと変わらぬ笑顔を向けて、彼に方舟の手綱を差し出す。
「よろしくお願いします」
「…………あぁ」
彼は何も問うことなく、その手綱を受け取った。
そして、私と彼の影はすれ違い。
彼はその黒い翼を広げて飛び立っていく。
私はその姿が闇に溶けるまで、彼を見ていた。




