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【Prelude de noir】 11-3

 拘束された私は牢に入れられた。

 儀式は明日の夜に行われるらしい。

 どうせなら、いますぐに執行してくれればいいのにと思いながら、私は冷たい石のベッドに腰を下ろした。

 考えるのは、彼のこと。

 あの時私は、最高神に懇願した。


『すべての罰は、私が受けます。だからどうか、彼を助けてください』

『もう二度と、会えなくなるとしてもか』

『かまいません。彼が生きていてくれるなら』


 一度だけ、深くうなずいた最高神は手を一振りし。

 彼はいるべき場所に戻された。

 おそらく、私のことももう覚えていないのだろう。

 それでもかまわなかった。


 だって私が覚えている。

 彼の声もぬくもりも全部。

 だから大丈夫。

 きっと大丈夫。


 どんな罰を受けようと、彼が生きていてさえくれるならば。


 名前を呼ばれて顔を上げると、格子の向こうにあの子が立っていた。

 明り取りの窓から入る光から察するに、時刻は正午過ぎだろうか。

 彼女はそれ以上何も言うことなく私の牢のカギを開ける。

 外へ出るよう促され、私は執行の時刻なのだろうと思った。


 牢を出て、長い廊下を通り空の下に出る。

 そこで彼女は振り返り私に言った。

「最高神様のお取り計らいです。ついてきなさい」

事務的な口調で言い切ると、彼女はくるりと背を向けてすたすたと歩いていく。

 そのまま彼女は天界の門を抜け、空へ飛び出した。


 処刑場へ向かっているわけでないならば、いったいどこへ――?


 しかし私についていく以外の選択肢はなく、彼女の翼を追って空を飛ぶ。

 しばらくすると、眼下に広がる景色がどこか見覚えのあるものであることに気が付いた。


 この景色は、まさか。


 やがて見えてきたのは、ぽつんと海の上に一つだけ浮かんでいる島。

 見間違えるはずのないその島を目指して、彼女は降下していく。

 降り立ったのは、私も初めてやってきた頂上の木々が生い茂る庭園のような場所だった。

 上を見上げれば木々に丸く縁どられた青空が見えて。

 足元には、柔らかな芝生と小さな花々が咲き乱れている。

「もうすぐ約束の時刻になります。私はしばらく、席を外しますので」

「あの、約束って……?」

何が何だか、と混乱している私には何の説明もなく彼女は飛びだってしまう。

 しかしその羽音はすぐそばで止まり、おそらくこちらからは見えない位置で監視をしているのだろう。

 いったい約束――そもそも、最高神の取り計らいとはなんなのか。

 もう少し詳しく教えてくれればいいのに、と思いながら私はひらりと身をひるがえして。

 わが目を疑った。


 だって、そこには。

 彼がいたから。


 もう二度と会うことはできないと覚悟した彼が。

 そこにいたから。


「どう、して……?」

「呼ばれたんだ。この時間、ここにくるようにって」

そういって、いつものように笑ったから。


 私は駆け寄ってその首に抱き着いた。


「っと……どうしたの?」


 しっかりと私を抱きとめた腕は、温かくて。

 彼が生きているのだと、伝えていて。


「よかった……本当に、よかった……」


 安堵とともに、涙が零れ落ちる。


「……大丈夫。もう大丈夫だから」


 彼は私をなだめるようにそういいながら、優しく頭をなで続けた。



 空が茜色に染まるころ。

 ひらりと舞い降りてきた白い翼をつかんだ私は、穏やかな時の終わりを悟る。

「――もう、行かなきゃ」

「あぁ……そう、か」

そう頷きながらも、重ねられた手が離れる気配はなくて。

 そっとその横顔を覗き込むと、

「あ、悪い……」

彼はバツが悪そうに目をそらし、ゆっくりと私の手を離して立ち上がった。


 そしてサクサクと歩き出す彼の背中に、思わず手を伸ばしかけて。

 その手を強く、握りこむ。


 代わりに、彼の名を呼んだ。


 立ち止まり、しかし振り向かない彼の背に向かって叫ぶ。



「ありがとう。大好き」



 そういって、私はくるりと彼に背を向けて空へ舞い上がった。


 振り向かない。

 振り向いたら、動けなくなる。

 まだ彼の傍にいたいと、願ってしまう。

 けれど、それは叶わぬ願いだから。

 この穏やかなひと時を過ごせただけでも、幸運なのだ。


 あの場所からは見えない場所で待っていたあの子と合流し、言葉を交わすこともなく天界を目指す。


 一点の曇りもないこの想いに支えられて。

 私は裁きの場へ向かって飛んだ。


 



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