【Prelude de noir】 11-1
私の名前を呼ぶ声がした。
後ろからの軽い衝撃に私は目を見開き、慌てて振り返る。
「よかったぁ!!」
「どうして、あなたが……?」
抱き着いていたのは、あの友人だった。
彼女が私にたどり着き報告をあげて、天使たちが兵士を集めてくるのだとばかり思っていたのに。
どうして、〈繋ぎ人〉である彼女が、ここにいるのだろう。
「心配だったからに決まってるじゃない! 悪魔には気を付けてってあれほど言ったのに!!」
波に反射した月光で、今にも泣きそうな彼女の表情が浮かび上がる。
その目には敵意も軽蔑もなく、ただただ私の身を案じてくれているように見えた。
「悪魔って……でも、彼は」
「だから、騙されてたんだよ! あいつらは世界を壊したいだけ!」
いい?と、彼女は私の両肩をつかんでいう。
「世界が壊されれば、輪廻からはじき出された悪魔たちも何もかも無に帰る。そうすれば新しい世界が創られて私たちも輪廻に戻れるの。あいつらはそれが目的だったんだよ」
違う。
――違う。
「あなたが優しかったから、あいつらはそれに漬け込んだんだよ。でももう大丈夫、あの悪魔は兵士のみんなが捕まえて……」
「……ない」
絞り出した声は、頼りなくかすれた。
初めて感じた激情に、言葉が声にならなかったのだ。
「え……?」
「そうじゃない!」
彼女の瞳を真っ向からにらみつけ、私は思いつくがままに叫んだ。
「利用されたんじゃない! 私は、私の意志で彼を好きになったの! 演じてた私しか知らないくせに、勝手に私たちを解釈しないで!!」
私のあまりの剣幕に、彼女は戸惑いの色を見せる。
その様子に私はわずかに唇の端を持ち上げた。
あぁ、なんて。
なんて哀れなほどに純真なんだろう、この少女は。
私の演じた私に騙されて、私がこんなことをするわけないと思って。
私が悪魔に騙されたなんて絵空事を描き出したのね。
「本当の私は、神様も世界もどうでもいいの。私は、彼が無事ならそれでいい。彼のためなら、どんなことでもできる」
「っ……あなた、目が……!」
目を見開いた彼女が何かを口走ったが、そんなことに興味はない。
「さっき言ったよね? 兵士のみんなが彼をつかまえたって……彼は今、どこにいるの?」
私が知りたいのは、彼の居場所と安否。
ただそれだけだ。
「それは……」
「早く答えて」
私の声に彼女はびくりと体を震わせる。
「……この島にある、神殿に」
その場所を聞くやいなや、私は駆け出した。
閉じ込められたあの階段のある道を、ひたすら駆け上っていく。
この向こうに彼がいる――と、なぜか確信があった。
目の奥が熱い。
まるで瞳が燃えているかの如く、熱い。
だがそれは決して痛みを伴っているわけではなく。
ただただ、燃えるように熱く、何かを変えようとしているようだった。




