【Prelude de noir】 9
小さな揺れは徐々に大きくなり、暗闇にいた私はもはやどちらが扉のあった場所なのかすらわからなくなった。
「っぁ……?」
ふと、声が聞こえた気がした。
私の名前を、呼ぶ声が。
私の名前を呼ぶ、彼の声が。
ここにいるよ。
私は、ここにいるよ。
声が近づいてくる。
揺れが大きくなる。
私は名前を呼んだ。
彼の名前を呼んだ。
その瞬間、
嘘、でしょ?
「大丈夫か!?」
不意に明かりが差し込んで、黒いシルエットが浮かび上がる。
それが彼であることを私はゆっくりと認識した。
「怪我は? どこか痛むのか?」
瓦礫をこえて私に駆け寄ってきた彼が、そっと私の頬に触れる。
その手がまるで何かをぬぐおうとするように目じりへと滑ったのを感じて、私は涙を流していたことに気付く。
「……怪我、してない。どこも、痛くない」
「なら、なんで……?」
答える間にもあふれていく私の涙に、彼は戸惑うように眉を寄せた。
「……でも、痛いの」
私はギュッと胸元を握り締めて、声を絞り出す。
痛くて痛くて、仕方ない。
胸の奥が、痛くて痛くて仕方ない。
これからの未来を思えば。
この想いの結末を思えば。
あふれる涙をこらえる事もできずにただ嗚咽を殺して泣き続ける私を、彼がそっと抱きしめる。
この温もりに触れていられるのも時間の問題なのだと思えば、私の心はさらに悲鳴を上げた。
「……ごめん。もう、大丈夫だから」
「あ、あぁ……」
ゆっくりと体を離した私を、彼が心配そうに見つめている。
そんな彼に私は精一杯の笑顔を向けた。
「……聞いてほしいことがあるんだ」
この世界は、輪廻のバランスと密接に関係して存在している。
その輪廻のバランスが崩れてしまえば、この世界は崩壊しかねない。
この前輪廻の塔で起きていた問題とは、そのバランスが崩れているということだった。
どこかで、本来は成立しないはずの〝歪み〟が起きていたのだ。
成立しないはずの輪廻の〝歪み〟とは、本来ならば輪廻から切り離されているはずの存在が惹かれ合ってしまうこと。
つまり、それは。




