【Rhapsodie en rouge】 5
「っ!?」
「あっ……!?」
壁の一部を押し込んだ、その瞬間。
俺が片足を載せていた地面と、彼女がいた場所。
そこが突然に割れ、黒い穴が口を開けた。
突然のことに、俺と彼女の手は離れてしまう。
俺を見上げた彼女の顔を見て。
俺は。
「 っ!」
遠くなるその手を、しっかりとつかみ。
闇の中へ滑り落ちていった。
暗い闇の中を、ただただ滑り落ちる。
暗闇の中ではどのくらいの広さがあるのかも分からず、抱きしめている彼女の姿すら感触でしかわからない。
ただこの道に身を任せ、滑り落ちるしかなかった。
彼女の体を離さないよう、もう一度腕に力を込めたとき。
「っ……?」
水滴、だった。
俺の頬に飛んできたのは、一滴の水。
一体なぜ、と。
思った瞬間、光が見えた。
この道の終わりだ。
この先には確か、入江が……。
「え……?」
違和感を感じたときにはすでに、俺らの体は道の終わりへ到達していて。
水しぶきをあげて、そこに突っ込んだ。
「っ……!」
かなり浅瀬だったらしく、したたか腰を打ち付ける。
だが幸い砂地で、けがなどはしなくて済んだ。
「あっ……大丈夫か?」
ハッとして腕の中にいた彼女の顔を伺おうとすると、
ぎゅっと、服をつかまれて。
彼女はまるで顔を上げることを拒否するように、俺の胸元に頭を押し付けている。
その肩は小さく、震えていて。
俺はあの落とし穴が開いた瞬間の、彼女の表情を思い出した。
大きく見開かれた目に揺れていたのは恐怖だ。
よほど、怖かったのだろう。
「……もう、大丈夫だ。終わったから」
全部、終わったから。
彼女を抱きしめて、俺はその震えが止まるまでその背中を撫でていた。
「ごめん……もう、大丈夫」
「あぁ」
彼女をあやすことしばらく。いつまでも水の中にいるわけにはいかないと、彼女を抱き上げて砂浜まであがったのは少し前のことだ。
顔を上げて俺から離れた彼女の目は赤くはれていて、彼女は気まずそうに目をそらす。
俺はそれにみなかったふりをして、砂浜から入江を見渡した。
「にしても、だいぶ落とされたんだな」
入り江、ということはおそらくここがあの遺跡の中の最下層ということになる。
あそこが何階だったのかは不明だが、落ちた時間からしてかなりの高さがあったのだろう。
「……みたい、だね」
俺の隣に座り、彼女も一緒に入江を眺める。
「……よしっ!」
「どうか、したの?」
ある思い付きに立ち上がった俺を、彼女は不思議そうに見上げた。
俺はニッと笑いかけて、自分の靴を脱ぎ。
海へ駆け出した。
バシャバシャと羽飛ぶ水しぶきが服を濡らすのもかまわず、水が膝のあたりにくる深さまで進む。
それから彼女を振り返り、
「お前も来いよ!」
と、手招きする。
彼女はしばらく、あっけにとられたような顔をしていたが。
やがて、クスッと笑った。
それはとても、とても。
幸せそうな、笑顔で。
「はいはい!」
彼女は靴を脱ぐと、一目散に俺のもとへ走ってきた。
水しぶきを立てて俺に飛びついてくる彼女の体を抱きとめて、ぐるりとその体を回す。
キャッキャッと、彼女は小さな子供のように笑い声をあげた。




