【Prelude de noir】 4
「悪い、待ったか」
「ううん、全然」
かすかに聞こえてきた足音に立ち上がり、私は彼を出迎えた。
ここは、あの島にある遺跡の中だ。入り口は少し崩れているが、中は普通に残っている。その入り口を入ってすぐ、右手の通路からつながるこの小部屋を「談話室」と名付け、待ち合わせ場所にしているのだ。
「今日は何する?」
「そう、だな……」
あの日以来。
何もかもを振り切ったあの日以来、私たちは毎日ここに来ている。最近は、彼の話を聞くのが私の楽しみだった。
「……ここ、探検してみるか?」
「探検……?」
悪戯っぽく微笑んだ彼は、私の手を取って入ってきたばかりの通路を引き返す。
通路から出た所で足を止め、私の方を振り向いた。
「俺も、この奥は行ったことないんだ。遺跡なら、面白い部屋もありそうだろ?」
そう言って目を輝かせる彼とは対照的に、その奥に伸びている通路は薄暗い。
あまり薄暗いところになれていない私としては、薄気味悪いと言っても過言ではないのだ。が、
「……うん、行こう!」
この手があるならば。
この温もりが傍に、あるならば。
どんなところへでも行ける。
どんなことでも、できる気がするんだ。
「っ!……あぁ」
ぎゅっと握り返された手をたどって彼を見上げると、その横顔は髪に隠れて見えず。だが、わずかに覗いている耳は真っ赤で。
「くすっ」
「っ、なんだよ!」
思わずこぼした笑いに、彼は慌てたように言った。
「なんでもなーい!」
「ちょ、おま……!」
私は彼の手をつないだまま、薄暗い通路へ踏み込んだ。
初めは戸惑い、遅れがちだった手がやがて程よい強さで私を導き、進み始める。
〝幸せ〟だった。
〝幸せ〟とはこういうことなのかと今更知った。
こんな日々が、ずっと続けばいいと思った。
堂々と日の下を歩くことはできなくても、彼と一緒にいられるならばそれで構わないと思った。
たとえ、それが。
この想いすらが、罪だとしても。
「ん……?」
「え? うわっ!?」
前を歩いていた彼が突然足を止め、私はその背中に軽くぶつかった。
「あ……悪い」
「う、ううん、平気。何かあったの?」
薄暗い通路を歩いてしばらく。闇に眼が慣れてきたのか、ぼんやりとではあるが彼の顔も認識出るようになっていた。その横顔は壁の上部へ向いている。
「あぁ……ちょっと待ってて」
いったい何を見つけたのか、彼は壁の上部を調べ始めた。
「壁に、何かあるの?」
彼の肩越しに問いかけると、不意に彼はその手を止めて私を振り向く。
同時にパッと彼の手元で炎が散って、その得意げな笑顔が照らされる。
「部屋、みたいだよ」
彼の手元で爆ぜた炎は壁に燃え移り、奥へ奥へと連なっていく。
先ほどまで真っ暗だった通路は、今やあたたかな炎に照らされていた。
そして、私たちの前にあったのは壁ではなく
「扉……?」
高さは彼より少し高いくらい。
洞窟の天井に届くほどのもので、土を固めた壁に埋め込むように整えられた形の石がアーチを作っている。
扉には細かな彫刻が施されていた。
「だな。開くのかなぁ……」
彼はそう言って、両開きの扉の真ん中あたりに手をかざす。
ぐっと力を込めて押してみたが、扉はびくともしなかった。
「鍵、みたいなのがあるわけじゃなさそうだしね」
私も壁に近寄って観察してみる。
石も扉もぴったりとくっついていて隙間などはなく、鍵穴などがあるわけでもない。
「んー……」
扉の方は彼に任せて、私は周辺の壁を探ってみる。
彼が付けた明かりのおかげで明るく、観察するのにも支障はなかった。
私は何の気なしに壁をゆっくりと撫でてみた。すると、
「これって……」
その部分の一か所にだけ。
不自然に硬い部分があった。
触れてみなければわからない、見た目は完璧に土壁に同化している何かだ。
「どうかした?」
壁に手を触れて静止している私に彼が歩み寄ってくる。
「ちょっとここ、触ってみて」
「ん? ここか?」
私が違和感を覚えた所のあたりに彼も手を滑らせ、やはり私と同じところで手を止めた。
「なんか……埋まってる?」
「わかんないけど、なんかある……よね?」
私と彼は目配せをして、私はそっと彼の手に手を重ねる。
押してみようか。
そんなことが、なんとなくわかった。
「せーのっ!」
と、二人で息を合わせてそれをぐっと押し込んだ瞬間。
「えつ!?」
「うわっ!?」
私たちの足元にある床が突然消え、私たちはまっさかさまに闇の中へ落ちていった。




