【Rhapsodie en rouge】 4
「……なぁ、さっきもここ通らなかったか?」
「んー?」
ぐるぐる、ぐるぐる。
彼女が進むままに通路を進み続けて、どのくらいたっただろう。
いつまでも続く風景に、俺はうんざりして口を開いた。
しかし彼女は疲れも飽きも感じていないようで、くるりと俺を振り向きながらも足を止める様子はない。
「そうかなぁ……」
後ろ向きに進む彼女の向こうに、分かれ道が見えた。
さっきから、俺たちは左の壁に沿って進んでいる。
ならば。
「次、右行ってみようぜ」
と、俺はここに来て初めて彼女に進む道を提案した。
その途端、
「ダメッ!」
彼女が明らかに、表情を変えた。
能天気そうに見えた雰囲気が消え去り、彼女はぎゅっと俺の胸元をつかむ。
つかむというより、縋り付くような。
「あっちは、ダメ……」
その小さな手が震えているのに、俺は今更気づく。
彼女もここはどこかわからないと言っていた。そのはずなのに、なぜこれほど必死に俺を止めるのか。
そんな俺の疑問を見透かしたように、
「君に会う前、あの道を進もうとしたら天井が崩れてきたから……危ないよ」
と、つぶやく。
それはまるで、後付けの言い訳のようにしか聞こえなかった。
しかし、明らかに焦っている彼女を見て俺は頷く。
「……わかった。あっちは、いかない」
「……ん」
小さくうなづき返した彼女は、ゆっくりと手を放した。
その手を今度は俺がつなぐ。
「んじゃ、もう少し歩いてみようぜ」
その小さな手を引いて。
俺は通路を再び歩き始めた。
あれ以降彼女はただ黙って、俺の後をついてきていた。
繋いだ手は離れず、それと足音だけが彼女の存在を俺に教えている。
一体どうしたものかと、最初は続いても気にならなかった沈黙が今はひどく痛い。
俺が先に行くといった手前、俺が引っ張るべきだという思いがあるせいか。
「……あれ?」
「ん……?」
話題を求めてあたりを見回していると、左手の壁に土色ではない部分が見えてきた。
延々と続いていた通路に、初めての変化である。
「あれって……扉?」
見えていたのは、扉の周りを囲んでいた石のアーチのような部分。
壁にはめ込まれるようにして作られた扉には、細かな彫刻が施されていた。
「扉、だね……」
繋がれた彼女の手が少しだけこわばったのがわかる。
だが、彼女はそれを感じさせないかのごとく、空いている手で扉に触れる。
「……あかない、みたいだけど」
クッと小さな手に力がこもったが、扉はびくともしない。
俺を見上げた彼女の目は、一刻も早くこことを立ち去りたがっているようだ。
「……俺がやる」
その言葉に彼女の表情が一瞬曇ったが、俺は空いている手を扉に伸ばした。
鍵穴などはなく、彫刻のざらついた感触と石の冷たさが手のひらに伝わる。
揺れる炎。
黒い影。
『扉……?』
『だな。開くのかなぁ……』
伸ばした手に触れる冷たい石。
びくともしない、扉。
『鍵、みたいなのがあるわけじゃなさそうだしね』
「っ!?」
「何っ!?」
俺が扉からぱっと手を放すと、彼女は声を上げて俺を見た。
「いや……」
今のは、一体。
誰だ?
誰の声だ?
俺の、記憶か?
俺はここを――知っているのか?
「……ねぇ、もう行こうよ」
彼女がそういう、声がする。
彼女が俺の手を引くのが、わかる。
だが。
扉の脇の壁に伸びる、細くて白い手。
『ちょっとここ、触ってみて』
その手に導かれるように、手を伸ばして。
『なんか……埋まってる?』
『せーのっ!』
「ねぇ……っ!」
ぐいぐいと。
いつの間にか彼女の俺の手を引く力が強くなっているのを感じながら。
俺は何かに導かれるように、扉の隣にある壁へ手を伸ばしていた。
見つけたのは、土とは明らかに違う固い感触。
「それは……っ!」
彼女が後ろで、どんな表情をしていたのか。
俺は知らずに、ためらうことなく。
その部分をぐっと押し込んだ。




