エルムストン家の使えない嫡男
今日、僕はついてない。
2時間前、教室で僕は友人とバカ話をしていた。
そして今、遺伝子操作され、ドラゴンになったワニと向き合って青い顔をしている。
本当に、僕はついてない。
* * *
「よう、ピエール」
気さくに声をかけてきたのはゲンタロー、東洋からの留学生で、狐人だ。
「なんだい、カードゲームならやらないぜ。またお前に騙されるのが落ちだからな」
「そう言うなよ、高名な魔術師、エルムストン家の優秀な跡取りの君を、
魔術において出し抜けるわけがないじゃないか」
「だけど僕には魔法が使えない」
「魔法が使えない」
ぴょこり、と、ゲンのしっぽが動く。
こいつはお約束とかネタに反応して動くようになっているらしい。
「だから、僕は科学者になる」
「科学者になる」
ぴょこぴょことしっぽを振りながらゲンが続ける
「高度な科学は魔法と・・・」
そう言いかけた僕を遮り、ゲンが言う
「高度な科学は魔法と見分けがつかない、また逆も真理だ。
だけど君の場合は、なんていうかその、単なるさぼりじゃないかい」
「そんなことはない。単に非科学的なことが嫌いなだけだ。
何が悲しくて魔法使いになんかなりたいってんだ。
そんなもん30超えたもてない男なら誰だってなれるわ」
「そりゃ意味が違うだろ。
それに、そういう意味じゃ君は魔法使いになる資格を失ってるんじゃないかい」
痛いところを突かれた。
小さいころ年上のお姉さんに○○○された、なんて誇らしい作り話をするんじゃなかった。
「いやいや、世間にはセカンド童貞ってものがあってだね、
一度失った童貞筋は一定期間が過ぎたら処女膜のように再生するという・・・」
「いやいや、そんなもんないから。亀頭の裏の筋はそんな名前じゃないから」
どうやら狐人の生殖器も人間同様になっているらしい。
そんなバカ話をしている僕らを白い目で見ているのは、助教のウィンストン先生。
30くらいのお堅い女性の先生で、多分処女って言われてる。
眼鏡を外して髪を下せば美人なのに、っていうタイプだが、今日はマスクまでしている。
何かあったのかな。
「諸君、今日の午後の授業は休講だ。生物学部で実験していたワニが逃げてしまってな。
そのまあ、なんだ、モーフィングの呪文系統ではいまだ成し遂げられていない、『ドラゴンへの変化』を、教授が遺伝子操作でできないものかと、ドラゴンの遺伝子を導入してみたら、まんまと成功したのだが・・・あまりに知恵がつきすぎてちょっとな、」
ちょっとな、じゃねーし。
あまりのバカバカしさにざわつく教室内に、ウィンストン先生が続ける。
「そういうわけで、今日は休講です。
なお、屈強な男子諸君はワニ狩りに付き合うこと。
教授から今期のレポート・テストの免除と単位を保障する旨伝えられています」
単位の足りない筋肉バカと、お祭り騒ぎの好きなバカと、そして俺とゲンタローが付き合うことにした。
俺たちは少し単位も足りないし、ネタも大好きだ。
* * *
ウィンストン助教に連れられて、教授が件のドラゴンワニ狩りのブリーフィングにくる。
どうやら今回の件で助教にこってり絞られたらしく、禿げ散らかした頭を垂らして、少ししょんぼりしている。
「えー、そんなわけで、諸君には、ワニ狩りを手伝ってもらいたい。
単位は弾むぞ。参加者には2単位、
ワニをとらえたものには、わしのもう3つの授業を取ってもらって、そちらで6単位、合わせて8単位だ。
なお、ワニは、知恵が回る上に炎を吐き、飛行することができる。
身長は2メートル程度と大きくないから大したことはないから気にするな。
なお、事が公にならないうちに捕獲を頼みたい」
意地でもドラゴンとは言わないし、全力で揉み消すつもりらしい。
でもこれ、ドラゴンなんじゃないの。
「あの、先生、ちなみになんですが、逃げたドラゴンって、何頭なんです?」
「ドラ・・ワニは全部で4匹。そのうち逃げたワニは3匹じゃ。
1匹のワニにはドラゴンの頭脳の遺伝子を、2匹のワニにはドラゴンの肉体の遺伝子を入れておる」
意地でもワニなんだ。
「はい先生、ドラゴンには通常の武器が通用しないと聞いてますが、どうやって捕獲するんですか」
「何を言っている、ワニじゃ、ワニ。
通常のワニ狩りと同じように背後から首に縄をかけて、ここをこうして、こうじゃ!」
棒の先にロープのついた道具で、ワニを縊る実演をする教授は楽しそうでもあったが、正直、ドラゴン相手に通用するとは思えない。
飽きれながらウィンストン女史が助け舟を出す。
「あー、諸君には当校の武器庫から魔法武器のレンタルを許可する。
制限はない、使用料はこちらで負担する。
ただし、貸し出しの際に間違っても利用目的にドラゴン退治だの書かない様に。
揉み消せな・・・諸君が気でも狂ったかと思われるからな。この時期は特にな」
この時期は、特に、なんだ?
手馴れっぷりからすると、多分常習犯なんだろう。
「それでは諸君、よろしく頼むぞ。
確保したら、ウィンストン先生か、わしまで一報するように」
そうして役に立たない教授を残して、ウィンストン女史が生徒たちを武器庫に連れて行く。
剣も魔法もあるこの世界では、通常の体育の授業で簡単な剣技の講義があり、希望すれば様々な武具、弓や槍、棒術、そういったことは一通り覚えられる。
槍術はヘルムストンの家のお家芸でもあるし、魔法の使えない僕は、そのデメリットをカバーするために、父親から一通りの訓練を受けていた。
めったに使えない魔法武器が使い放題ということで、筋肉バカどもは、次々に武器庫に消えていき、思い思いの武具をレンタルしていく。
ウィンストン女史が「ドラゴン退治」と書くバカがいないか、受付で監視をしている。
ワニベースとはいえ、相手はドラゴンである。
一昔前ならともかく、これらの武器でドラゴン退治なんて、そう簡単にいくものか?
筋肉とお祭りバカどもが魔法武器を持って次々と学内に消えていくなか、僕とゲンはウィンストン女史に、ドラゴン狩りの参考に、残ったドラゴンに会わせてくれないか、と頼んでみた。
「ふむ、あのワニにか。かまわんが、どうしてだ」
「いや、現物見たことないですよね、僕たち。
それに、残った個体がドラゴン並みの知能であれば、会話できるかもしれないじゃないですか。
もしかしたら、残りの3体について、何かわかるかもしれないし」
「ワニは人語を話さんぞ。頭でもいかれたか」
「だからドラゴンでしょうに。
古典の中でも割と最近でもドラゴンといえば人語を介し、
積極的に敵対しなければ人間如きは見過ごしてくれる、ともいいますし」
「まあ、そういうことなら、合わせてもいいぞ、ドラゴンに、な」
ウィンストン女史は、楽しいものを見つけた、かのように、にやりと笑った。
* * *
大学地下の飼育室。
特に大きなケージが4つ、ケージ、というより、部屋のようなサイズのそれ。
並んでいるうちの3つが空になっていた。
最後の一つに、敷き藁の上に横になったワニがいる。
遺伝子操作の結果、どうみてもドラゴンの外見をしている。
ワニと言い張るのはいくらなんでも無理があるくらい、大きい。
この個体は、確か知性を強化されているといったか。
「おい、ゲンタロー、キツネとドラゴンってさ、しゃべれないの」
「おい、ピエール、キツネってどこにいるんだ。
俺は狐人だ。人間以上の知能と魔力を誇るが、残念ながらワニ語は解さんぞ」
「いや、ゲン、お前もワニって言い張るの?」
「いや、ピエール、どうみても、ドラゴンだよな。やっぱり。
俺たち行かなくて正解だよ。どう考えても縊り殺されちゃうもん」
『縊り殺しなどせんよ。小さきものよ』
突然、ドラゴンが喋りだす。
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」
「ゲン、そういうの、いいから。ちゃんとタンズ(会話魔法)を覚えておこうな」
「そういやすっかり忘れてた。今使っちゃう?」
「いや、いいでしょ、ドラゴンの人会話できるし」
『わしは人ではないのだがね』
少し楽しそうに笑うドラゴン。正直怖いんですけど。
『して、何をしに来た、小さきものよ』
「いやね、ちょっとほかのドラゴンの人が逃げ出しちゃって、いま学内が大騒ぎになっちゃってるんですよ。
ほかの連中、ドラゴン退治だ、とかいって、武器とか持ち出しちゃって。
このままドラゴンを殺しちゃうのも忍びないので、何かいい知恵ないかなー、と」
「まあつまり、超簡単にドラゴンの皆さんを捕まえちゃいたいわけですよ、お互い無傷で」
『なるほどの。だが奴らは単に水浴びに出ただけだぞ』
「え、そうなの」
『もとはといえば、我々もワニだからな、たまには水浴びもしたくなる。
そういうときにこっそりあの禿げ頭のキョージュとかいう生き物が連れ出してくれたものだが』
「「犯人あいつか」」
僕とゲンが見合わせる。
『とはいえ、我々も誇り高き生き物、竜の一族。
貴様らの好きにされているいわれはない。
おおかた、わしの隣の賢いのがそう考えて旅に出ようとしたのだろう』
「あー、ドラゴンって、旅もすればダンジョンで蓄財したりするもんねー」
「いやまあ、そんな青臭い理由で飛び出されても困るんですけどー」
ふと気になって、ドラゴンの人に聞いてみた。
「ところで、なんであなたはここに残ってるんです?」
『わしか?そりゃあ快適じゃからな。
人間に飼われてるんじゃない、わしが人間を飼い慣らしているようなもんじゃよ。
その気になればこんな貧弱な檻なぞ簡単に壊せるし、人間如き簡単に食い殺せるからの』
にやりと笑うさまに、唐突に恐怖する。
本能的な恐怖。このドラゴンはこの檻程度は簡単に壊せるといっていた。
知能強化しただけのワニであれば、余裕で留め置けるこの檻を、だ。
この個体は、知能も肉体も大変発達したドラゴンなんじゃないか。
『どうした、小さきものよ』
「そりゃあね、普通に考えてドラゴンと話してるって、恐怖もするでしょ」
『なるほどの。じゃが、わしはそなたのほうが恐ろしいぞ。戦ったとして、まず勝てるつもりはない』
「いやいや、それはないでしょう、こいつ、魔法の使えない魔法使いだよ」
ゲンタローが調子に乗って言うと、ドラゴンは首を振って否定する。
『なにごとも、侮るな、ということだ』
まじかよ、という表情でゲンが僕を見る。
せっかくなので、にやりと笑ってみせると、ゲンが肩をすくめた。
「逃げ出した以上、元通りってわけにはいかないでしょ。
もしかしたらあんたの仲間は殺処分になるかもしれないけど、それは許してよね。
できたらそのまま連れ戻したい」
あえて強気で言ってみる。はったりである。正直それだけの実力があるわけじゃない。
「だから、どうにかことを静めたいんだよね。力を貸してもらえないかな」
小さな人間のほんの小さなたくらみに、ドラゴンはにやりと笑って応えた。
* * *
最後に残っていたドラゴンの背に乗り、飼育室から飛び立つ。
きれいな錆色と、最後の、という意味をかけて、彼にラストという名前をつけた。
案外気に入ってくれて、こうして背にも載せてくれた。
ドラゴンって、ほんとに飛べるんだな。
身丈はそれほど大きくない、おそらくレッサー種相当のラストですら、僕を載せて飛ぶことができる。
ドラゴン、いや、ワニ狩りに行った学生たちは無事だろうか。
キャンバスの西方、農学部の農地の上で、交戦しているようだが、
ワニとは言えない巨躯の三体連れの姿を見て逃げ出すもの、
殺されてこそいないものの力かなわず倒れ果てるもの、
必死に魔法と魔法武器で応戦してはいるものの、とても敵ったものではなかった。
というか、これ、もう、大事になってるんじゃないの。
ラストの背から、ご近所を見渡すと、ひそひそと会話するのが聞こえる。
「やあねえ・・・今年もまたかしら」
「苦情をいれてもねえ・・・改善されないし」
むしろ毎年何かしらの騒動があるようだった。
『おぬしたち、もしかして毎年何かやらかしているのか・・・』
「どうも、そのようで・・・ほんとにすみません・・・」
ラストの背の上で、さらに小さくなる僕とゲン。
「そんなわけで、あの残りの3匹のドラゴンの人に、
なんとか機嫌を直して戻ってもらえるように、取り計らってもらえませんかねえ」
『はぁ・・・』
ゲン、しっているか、ドラゴンのため息って、すっごく大きいんだぜ。
ラストと僕は、滑空しながら交戦する学生とドラゴンたちの群れの間に舞い降りる。
もう一匹現れたのか、もうだめだ、と、弱気な声がする。
ウィンストン先生とゲンタローが、こちらによって来る。
「どうした、何のつもりだ、最後の一匹までワニを逃がして。犯人は貴様らか」
「いや違うし、犯人、あの教授だし。
今ラストにドラゴン同士仲良く会話してお引き取り願おうじゃないか、って話してるところ」
「ラスト?」
「ああ、このドラゴンの人。さび色できれいでしょ?だからラスト」
『あのな、ドラゴンであって人ではないのだがな。
まあいい、小さきものよ、お前たちの力で我らにかなうと思ったのか』
「今回ばかりは正直無理なんじゃないかなー、って思ってました」
そういって、押し黙るウィンストン女史。
『さて、兄弟たち、小さき者どもは我らに引き続き奉仕を続けるといっている。
狭き場所ではあるが、住処も約束した。水浴びに行くことも自由にやってよいという。
だから、今回は私に免じて戻ってやってはどうかね』
三体のうち、一番小型の比較的ワニっぽいドラゴンが言う。
『お言葉だがね、兄貴。我らはドラゴン。
小さなもの達より知能に優れ、膂力に優れ、何からも自由の存在であるはずだ。
それがどうだ。我には人に勝るもドラゴンの力は与えられず、
弟たちに至ってはドラゴンの力を持つも人に劣った知恵しか持たず。
この半端な身ではあんまりではないか』
確かに大型の二体のそれは言葉になっていない。
「ゲンタロー、あいつら何って言ってるの」
「そうだ、そうだ、ってさ」
「あ、タンズの魔法使ったんだ」
「うん。っていうか、だれも会話してみようと思わなかったの、これ」
どうやら、ほかのみんなは脳筋だったらしい。
『だから我らはあの禿げ頭の隙をついて外界に出たのだ。
だからこそ、戻れはしない。兄貴ならわかってくれるだろう』
ラストとしても、心苦しく思うところがあり、うう、とうなるのみだ。
* * *
しょうがねえなあ。
「あのさあ、小さいドラゴンの人」
『我は小さくもなければ人でもないぞ、誇り高き竜族のもの。その誇りを汚すか、人間』
「いやまあ、そのつもりはないんだけどさ」
『ならばなんだ』
「いや、思ったんだけどね。あんたはどうやら頭は切れるけど力はないし、大きい方は力はあるけどあんまり頭がよろしくない。だから三匹でようやく抜け出した、ってことじゃないか。
このラストみたいな、ドラゴンらしいドラゴンになれなかったからさ。
それって、拗ねてるだけじゃねえ?」
ほかの二体にもわかるように伝えてくれよ、と、ゲンに頼む。
当然、怒り狂う三匹の巨竜。
ラストだけが静かに成り行きを見る。
「気持ちはわかるんだよね。俺もさ、魔術師一家のエルムストン家に生まれたんだけどさあ、まあ、これが笑っちゃうことに、魔法が使えないんだよねえ。
そんなだからさ、不出来なやつだって、親からも家族からも愛想つかされる始末でさあ」
『だからどうした』
「それでもさ、こうしてゲンタローとかラストとか友達ができたり、それなりに生きていけるわけよ。
もちろん、魔法が使えない、ってのはそのままコンプレックスだけどさ、
それでも代わりに剣とか弓とか、使えるように努力してさ、それなりに生きてるわけよ」
『我らにも欠陥を我慢して貴様の様に、そう生きろ、と』
「そこまで言わないけどさ、こうしようよ。
俺達とあんたが勝負してあんたに勝ったら、今回は俺に免じてさ、おとなしくしてもらえないかなって。
とりあえず、今回だけさ」
小さなドラゴンは、にいと笑う。
『侮るなよ人間。貴様如きが、我にかなうか。劣る膂力とて、貴様に負けるものではないぞ』
「俺たちなら負けはしないさ」
『よかろうよ。兄弟たちも、我に従えよ』
大きな体躯の二体が遠吠え、それにこたえる。
「悪いけど、ラスト、俺たちはお前の弟分たちと戦うことになる。
ほんとに済まないなあ。友達にこんなことを頼まねばならないなんて」
『え、我はどちらにも肩入れせんぞ』
「いやでも、さっき、俺たちに勝ったら、って条件で小さい方のドラゴンの人も条件飲んだし」
あきれて横を向くラストを横目に、『ふざけるな、貴様』と、小さいドラゴンが僕に襲い掛かる。
「仕方ないなあ、こうなっちゃうよねえ」
地面に転がった魔法武器の六尺棒を手に取る。
エルムストン家に伝わる槍術でドラゴンの突進に備える。
大きなワニといっても、それだけの巨体の突進に、僕の身体は宙を舞う。
さすが魔力で強化してあるだけあって、六尺棒は砕けない。
『ふむ』
獰猛な目をしたドラゴンが、僕に襲い掛かり、そのたびに僕は吹き飛ばされる。
何度も、何度も、何度も、何度も。
そうしているうちに、ゲンタローとウィンストン女史の目の前にたたきつけられる。
「おい、ピエール、大丈夫か」
・・・さすがに、辛い。
だけどあえて立ち上がり、声を大にしていった。
「ああ、大丈夫さ。「俺たち」だったら、勝てるさ。それに、教授も言ってただろう
『ワニじゃ、ワニ。通常のワニ狩りと同じように背後から首に縄をかけて、ここをこうして、こうじゃ!』
ってなあ!」
そういって、今度はこちらからドラゴンに六尺棒で打ちかかる。
突然の反撃に、一瞬身を引くドラゴン。
いける。
だが、今度はドラゴンが六尺棒を絡め取り、奥の咢でそれを砕く。
そして僕は無様に放り出される。
『調子に乗るなよ、人間。たかが棒術、我らドラゴンに通用すると思うてか』
「いいや、俺も思わんよ。だけどなあ、しょせんお前はワニなのさ、だから・・・」
だから、こうして狩られるんだ。
ゲンタローと、ウィンストン先生が二人がかりで小さなドラゴンの背後から近づき、
その首に縄をかけ、押さえつけるように縛り上げていく。
体力強化の魔法を使っている二人には、造作もないことだった。
あまりのことに、小さいドラゴンが言う。
『卑怯だぞ、人間!貴様と私の勝負ではなかったか!』
「いや、俺、最初から俺たち、って言ってたし、お前も同意したよね」
『たばかったか!』
そのときラストが静かに言った。
『いいや、初めからお前と人間たちの勝負だったのさ。
こいつと、我の二人ではなく。まったく小狡いものだがなあ』
* * *
そう、もともと人間とドラゴンたちの間の争いであって、
ラストは単にその確認を求められただけ。だから、どちらにも味方しない、といったのだ。
ラストのことを友達、といったのも、偽らざる気持ちではあるが、
ちょっとした悪巧みに使わさせてもらったのだ。
そうして、巨大な二体のドラゴンを戦いから遠ざけたあとは、ほんのわずかな膂力勝負になるわけだ。
「すまないな、ラスト」
『いや、悪くないぞ、人間。
より知恵のあるもの、より力のあるものが勝利する。それだけのことだ。
彼らのことはなるべく生かしてやってほしい』
「ありがとう。そっちのドラゴン達も、それでいいよなあ」
僕の言葉を、ラストとゲンタローが訳し、三者三様に仕方なしとして、敗北を受け入れた。
どこぞの教授に爪の垢を煎じて飲ませたい。
そんなわけで、ドラゴン退治は幕を閉じたのだった。
* * *
結局のところ、毎年この時期になると研究成果が出ないと、国から資金がもらえないと泡を食っては、教授が何かしらやらかす、というのが毎年の出来事らしかった。
今年については、「モーフィング魔法によらないドラゴン化」という、魔術だけでは叶わなかった変化をやらかして、そして、一部成功したものの、完全にはうまくいかず、どう扱っていいか持て余していたドラゴン(ワニ)達に逃げられたわけ。
結果は、なんとか取り押さえられたということで、教授がめちゃくちゃ絞られるだけで何とかおさまった。
そして僕とゲンタローは、無事8単位を獲得し、留年しなくて済むことになった。
さて、ドラゴンたちはどうしたか。
そこは誇り高きドラゴンの一族として、いまも、飼育室でおとなしくしている。
ただし、事が露見した以上、今までの様にこっそりではなく、教授に連れられて、たまに水浴びに行ったりもする。
そんな弟たちを見送って、ラストが僕達にこう言った。
『ところで貴様は、弟たちとの勝負の時に、「とりあえず『今回は』俺に免じておとなしくしてもらえないか」といったよな』
「ああ、言ったよ」
『ということは、『次回は』どうするつもりかな』
ぎょっとして、ゲンタローがラストと僕を見る。
「それはまあ、彼ら次第じゃないかなあ。でもまあ、ラストも彼らに黙っておくんでしょ」
『そうさな。この小賢しい友人のせいで、この次は我まで彼奴らを取押えに駆出される羽目になるだろうから。』
そういって、ラストは目を細めながら僕に応えたんだ。