名を成すは彼女の為か。
軽快な音を響かせドラムを演奏するアキラ。左右の手と足とが別々のリズムを刻んでいる。別の音、リズムを奏でる全ての音は一つに繋がり、織り成すドラムサウンド。
アコースティックギター1本で多彩な音を出していた彼にとって、手足を自在に動かすことは容易なのか? 少なくとも自分にはあれはできそうもない、と思う。
何事もコツをがわかればできないものなどない。などと誰かが言っていた言葉を間に受け、色々楽器をやってみたがドラムだけは上手くならなかった。『とりあえず』の演奏はできるが、さすがに披露できる代物では到底ない。まずはドラムをと、必要とした最大の理由はそこにある。
このご時世、既存の音を組み合わせるだけで一人でも曲を作ることはできる、ピアノとヴォーカル、あとは全て出来合いの音で。
それで『バンド』と呼んでいいのだろうか? 自分はそう思う。
言っておくがこれは決して2人組のアーティストを否定する意味ではない。そこは勘違いしないで欲しい。
「アキラさんはギターでなくていいんですか? あの技術を生かさないのは少し惜しいと思うんですけど」
ドラムが必要だと言い出したのが自分である為、今更意見を変えるのはどうかと思う。しかし、それほどにあの能力を利用しないことがどれほど勿体無いことか? と感じた次第である。
「なんだよ、そんな他人行儀な呼び方しなくても。呼び捨てで『アキラ』、もしくは『アキラ様』って呼んでくれてもいいんだぜ?」
少し前にどこかで聞いたようなセリフを思い出し、改めて2人は兄妹なのだと再認識。
この2人の反応は話半分くらいで聞き流して良い。ということだけはよく分かった。出会ってからそこまで一緒にいる時間があったわけでもないのに、この馴れ馴れしさは『とてもイイ性格してる』としか言い様がない。
それなのになぜ登校拒否なんてしているのか? ただの思い過ごしだったのか? それならそれでいいのだが。
「さぁ、これでメンバーも揃いました。バンド名を決めましょう!」
必要最低限の人数を確保しただけであり、本当はあと2人は入れたいのだが……とりあえずは保留としておく。彼女が身内にしか声をかけないのではないではないのか? とすると、あとお声がかかるのは……。
信頼する主人の隣に立ち静かに行く末を見届けている従者に目線を向ける。とても面倒な未来しか見えないことに一人恐怖する。
「アキラ・インティライミ!」
「色々と問題がありそうなので却下です。それ以前に、その手の名前にするとバンドらしさがなくるばかりか、私やダイチがいないのと変わらないですか?」
果てしなく冷たい意見をするアカリだが、間違ったことは何一つとしてない。
自分に足りないものが見つけられる。自分がその誘いに乗り結成されたバンド。だが、多分その結成理由は『ついで』でしかないと思う。これは本来アカリの為に作ったものだ。アカリの意思を尊重するのが一番ではないか? ならば、結論は最初から出ている。
「バンド名はアカリの好きに決めればいいよ。一任する。」
でも、と言いかけたアカリを制しまだ続きがあると目線を送る。
「俺とアキラ、二人が納得するようなネーミングを頼んだ」
相当なモノでなければアカリの決めたことに反対するつもりはないが、真剣に考えてほしくてわざとハードルを上げておいた。
「わかった、週末までに考えておくから」
彼女の真剣な眼差しを見て、安心して帰路につく。
黄昏時、先程まで居た豪邸とは真逆に位置する古いアパートへとたどり着く。
築30年木造アパート。風呂、トイレは共同。水回りキッチンはあり。これが現在の住まい。この時代になぜこんな所を選んだのか?
「大地さん、おかえりなさい」
アパートの前を掃除していた手を止め優しい笑顔で迎えてくれる管理人の夕子。大人らしい落ち着いた雰囲気を持つ女性。誰に聞いても100人中100人、美人だと答えるであろう容姿端麗の彼女。体のラインが出ないような服装であって抑えきれず主張するスタイルの良さから『美人人妻』という表し方が合致するのであるが、20代である彼女が一番嫌う表現である。
そんな美人が管理人だからここを選んだわけでは決してない。全くないと言われると否定しきれないが……。
音大生にとって必要な住環境といえば、自由に演奏ができる環境である。防音完備もしくは同じ学生たちが集まっている場所であれば騒音扱いされないで練習ができる。そういう要望の住まいは勿論ある。しかし、設備が一つ違うだけで家賃は跳ね上がる。そもそも音大に通う者は元々そういう家系か、裕福な家柄なのが相場である。両親が頑張って通わす一般家庭の者も少数ながらいる、自分もその後者の人間である。
大学に通うこと自体で既に苦労をかけるのに、さらに住まいまで合わせた所にはできないという全うな意見を汲み音大生の常識の住環境はあきらめていた。
「はぁ、まぁ、そうなんですけど……」
体系も顔も狸に似た不動産屋の主人は、こちらが音大生だと理解した上で紹介している物件であるのに難色を示す自分に困り顔である。
大学周辺で商売をする不動産であるから要望が多いであろう音大生向け物件を色々取り揃えているがどれも自分の予算に見合うものは一つとしてなかった。
もしかすると自分の予算に見合うものがみつかるのでは? 淡い期待を抱き尋ねたが世の中そんなには甘くない。諦めて設備のない普通の物件を探そう。そうなることは予想していたので、防音設備なしでも練習する方法は考えてあった。
再度、予算にあった物件をお願いした。事情がわかっているだけに不動産屋の主人の落胆ぶりがうかがえる。新たに物件情報がまとめられているファイルを取り出し、主人は再び眉をひそめ唸り出す。予算だけで適当なところを提示してしまうのはプロとして許せないのであろう、どうにかできないものかと頭を悩ましてくれていた。
もう普通に住めればどこでもいいと声を掛けようとした時、主人の手が止まり表情が晴れる。すぐさま違うファイル引っ張り出し自分の前へと差し出した。築30年木造アパート、風呂トイレ共同。自分の予算にも見合った佇まいだ。
「ここはどうだい? お風呂とトイレが共同ってことが問題ないのならここにするといい」
特に変哲もないアパートであると思うのだが、果たしてその心は?
「今時共同トイレっていうのが敬遠されるから普段は紹介しないんだよ。特に学生さんにはね。それでなんだけど、ここには記載してないがこのアパートには離れに防音室があるんだ」
このアパートの管理人の妹が昔音大生であり、その練習部屋として敷地内に防音室を設置したというのだ。今ではほとんど使われておらずアパートの住人であれば自由に使えるとのこと。
防音室付きのアパート。住民であればいつでも使用できます。これを売りにしているようだが、現在アパート住人は誰も利用してない。その現状も自分としては好都合であり、またとない物件であった。
家賃が安いアパートなのに防音室があり練習するのに支障がでない。これがここを選んだ理由である。
内見の際、顔を合わせた美人の管理人さんに惹かれたワケではない……少しもないといえば嘘ではない。
「大地さん、ちゃんとご飯食べてますか? 栄養のあるものですよ?」
「ええ、まぁ、それなりに。」
歯切れの悪い返答に彼女はご立腹だ。
「夕飯くらいいつでもごちそうするって言ってるでしょ、ちゃんと食べにきなさい!」
母親っぽい発言であっても彼女であればそれは『母性溢れるお言葉』へと変換される。
ちょくちょく行われるこのイベントを毎回楽しく傍観する者が一人。
「お姉ぇ、また大地くんナンパしてるの? ダメだよ、オバサンが10代に手を出しちゃー、ね?」
短い髪を更に後ろで縛りレンズが大きめメガネをかけジャージを着用。ラフな部屋着スタイルの彼女が管理人の妹、亜沙子。180センチほどある自分に負けないモデルのような高身長を生かし、伸ばした腕を首にまわして頭を引き寄せる。引き寄せられた先は彼女の胸元、ということはどうゆう状態になるのか? それは見ていただければわかる通りである。
彼女も体のラインが見えない服装であるが、これだけ密着すれば見えなくともそれはわかってしまうわけで。
夕子が表なら亜沙子は裏、といった表現が合う。粗暴な亜沙子、これではあまりにも酷いので仮に『ワイルド』と言っておこう。
話に聞いたとおり音大に通いピアノを習っていたのは妹の亜沙子である。何も知らない人に姉妹のどちらが音大に行っていたのか尋ねれば皆、姉だと答えるだろう。
ワイルドな彼女にピアノが弾けるイメージは湧かない。普段の行動はワイルドではあるが、ピアノを弾く時だけはジェントルとなる。繊細な指使いで奏でられるメロディが彼女の雰囲気を変えるのであった。
普段からその状態でいてくれないものかと、ホールドした頭をガシガシと撫で回す彼女に思いを馳せる。
少々のワイルドを除けばとても良い人なので彼女を嫌う人はいない、魅力ある女性だ。お世辞ではない、彼女に逆らうと練習が出来なくなる事態が起きるが、お世辞……では決して、ない。
「可哀想だからさ、今日はオバさんの言うこと聞いてご飯食べていきなよ?」
「誰がオバさんですか! 亜沙子と3つしか違わないでしょう!」
「お姉ぇ、三十路と20代ではかなり差がでるよ」
「私はまだ27です!!」
姉妹のじゃれ合いを横目に彼が思うことは一つ。
(そろそろ解放してくれないだろうか)
である。
意気込んでサブタイトルをつけて来たけど、実はこれを考えるのが一番大変なんじゃないかと思ってしまうわけでして、はい。(´・ω・`)