バイオレンスメイドはお嬢様がお好き。
再びやって来た、この大きな門の前に。圧迫感をも感じさせる建築物の迫力に、早くも来たことに後悔し始めた。
黒塗りで金色の文字が掘られた立派な表札が、まるで自分の体を拘束させる何かを発しているようで呼び出しベルの前で立ち尽くしている自分はかなり不審な存在となっているだろう。
押すべきか? 押さずに立ち去り、何もかもをなかったことに……。そもそも、先日の出来事は全部夢だったのではないか? 木の上から少女が落ちてくるはずがない、その子の家で1曲演奏なんて馬鹿げている。最後には、一緒にバンドを組まないか? などと誘われたなんて。人に話したら確実に笑われるであろう。
呼び出しベルの前で固まっていると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「おい、馬の骨! そこで何をしている!?」
振り返ると、それはそれはとても目つきの鋭いメイドが立っていた。
「この屋敷になんの用だと聞いているのだ、馬の骨!」
その鋭い目は、害虫を見つけ駆除しようと狙いを定めた時と同じ目をしている。
多分、ここで働いてるメイドだよな。え~と、と説明をしようと思ったのだがよく考えたら自分は彼女の名前すら聞いてなかったことに今更気づくという失態。
名前すらわからないこの状況をどう説明すればいいものか悩み、言葉に詰まってしまっていることがさらに自分への不審感が増した。
言葉に詰まっている自分を不審者と判断したメイドは、排除を試みる。素晴らしい反射神経で顔面をガッチリと掴んだ。フリッツ・フォン・エリックよろしく、アイアンクローが炸裂する。
ミシミシと自分の頭蓋骨が悲鳴を上げるが、衝撃的な痛みで口から悲鳴はでない。なんの冗談だ!? このメイド、握力が恐ろしいことになっているぞ!
「馬の骨! 何をしていると聞いている!」
この状態では、話せと言われても釈明が出来る余裕などありはしない。メイドの腕を、タップして助けを求めてみたが聞き入れてもらえず締め上げる力が更に強くなっていく。
ああ、なんだか遠くの方から声が聞こえる気が……。川の向こうで手を振っているのはだろう? いや、これは……。
「か~よさ~ん! ダメーーー!!」
急いでいる割に、あまり速くない足取りやって来た少女はメイドの腕にしがみつき我が頭骨は無事に解放された。
「チッ、命拾いしたな馬の骨」
自分にだけ聞こえる声量で毒づくメイドに恐怖を覚えた。
「香佳さん! 今日は私のお客様が来るって言っておいたでしょう!」
「失礼しました、お嬢様。門の前で不審な動きをしておりましたので、とりあえず捕らえようと試みました」
冗談ではない、『とりあえず』で頭蓋骨を粉砕されては。
「ごめんなさい、香佳さんは私を守るために他の人よりちょっと力が強いんです」
ちょっと、の域は軽く飛び越えているメイドへ非難の目を向けると、再びメイド式アイアンクローが炸裂した。
「貴様、今私の握力がゴリラ並だとか思っただろう!」
「かよさん! ダメだってーーーー!!」
今日は、俗に言う厄日というヤツではないか? と真剣に考えた、顔面を掴まれたまま。
なんとか、普通に話せるまでに回復した自分は現在、応接室のような所で頭をさすりながら紅茶を頂いている。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ほら、香佳さんも謝って!」
「フン、貴様が今飲んでいる紅茶はフツーの一般市民では一生で一度飲めるかどうかと言われるくらいの高級なヤツだ! 味わって飲めよ!」
もうー、かよさーん! 半べその彼女と、横柄な態度を改めないメイドに、自分はなぜこんな所へやって来てしまったのかと、後悔した。
「香佳さん、ちゃんと謝らないとダメだって! ほら……そういえば、まだお名前聞いてませんでしたよね?」
「岬大地、清城音楽大学ピアノ科一年。です、お嬢様」
いつの間にか、自分の学生証を手にして読み上げるメイド。瞬間移動もできるようだ、最近のメイドは。
「岬……、大地さん。私は、神尾明光です。こちらは、私の身の周りのお世話してくれるメイドの香佳さん」
「どうも、メイドの桂……………………………………香佳です」
むやみに、苗字と名前の間隔が長い自己紹介に大地が困惑していると明光は説明を付け加えた。
「香佳さんね、名前のこと気にしてるからフルネームで呼ぶのも、呼ばれるのも嫌いなんですよ」
「名前のことって?」
率直な疑問を素直に口にしてしまったが、それはとんだ間違いであった。
大地さん、香佳さんの名前を続けて言ってみてください。明光は、論より証拠とでも思ったのか大地自身にその真相を確かめさせた。
「桂……香佳、桂かよ、かつらかよ……カツラかよ!」
草むらに設置されたあからさまなトラップに見事に引っかかり、ガッシリと顔を掴まれた大地は三度アイアンクロー頂戴することとなったのは言うまでもない。
「私、この名前のおかげで今まで何度失礼な輩を懲らしめてきたことか……」
初対面の相手には、とりあえずアイアンクロー喰らわすというのか? このゴリラ並みの握力で。
「ですので、お気をつけください。ウマ……大地様」
「ですよ!」
大地を罠にはめた張本人は、罪悪感を微塵も感じていない物言いだ。これが、彼女にとって普通なのであろう。
「香佳さんのことは、名前で呼んであげてくだいね。それで、私のことは『明光様』って呼んでもいいですよ!」
「そうか……それで明光様、そろそろ本題に入ってくれないか?」
ドヤ顔で構えている明光、その期待に応えるよう『様』をつけて呼んでみたのだがこちらが思い描いていたものとは違う反応が返ってきて自分まで少し戸惑う。
急に呼ばれたことで頬を染め慌て出す明光。
「冗談ですよ! 香佳さん以外の人にそんな呼ばれ方するのはさすがに恥ずかしいですから!」
何なんだよ、一体。どれが正解なのか、皆目検討がつかない大地は思う、なんて面倒なんだと。
気を取り直し、本来の話し戻った明光はとても嬉しそうに話だす。
「それでは、本題に入りましょう。大地さん、私と一緒バンド活動しませんか?」
目を細め眩しい笑顔を見せる彼女。その微笑みに嘘偽りはない、のだろう。しかし、なぜバンドなんだ?
「楽器を担いで街に繰り出すのか? カラオケボックスで歌うだけじゃダメなのか?」
まだ、彼女の言葉を信用していない大地はなにかの冗談ではないかと、つけ離す言葉で返した。彼女の表情は一瞬で曇り、目を伏せた。
「残念ながら、私は少々体が弱いので重い楽器を持って歩くとかは無理なのです」
でも、カラオケなら外へ行かなくても家で出来ますよ、あの部屋で。表情を反転させた明光に光が射す。確かに、あの部屋にカラオケ設備を付ければなにも外へ行く必要はない。一般的な考えでは決してないが。
「じゃあ、そもそも出来ないじゃないかバンドなんて。楽器一つ運べないでどうするんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
ふっふっふ、と彼女は不敵な笑みを浮かべると瞳を輝やかした。新しいおもちゃを友達に自慢したくて仕方ない子供の瞳がこちらへ向けられる。
「香佳さん、準備はできてますね?」
「はい、お嬢様。準備万端でございます!」
では、二階へ。先日行った部屋へどうぞ。状況が飲み込めず、戸惑う自分の背中を二人に押されながらあの部屋へと移動した。
中が覗ける小窓の付いた重厚な扉が開く。
素早く横をすり抜け、移動した明光と香佳は本日の主役を挟むように左右に分かれ自分の視線をその中心に注目させた。視線を向けた先、部屋の中心には大きく深く体を沈めることができるデスクチェアが二つ、チェア二つに挟まれるように設置されたデスクトップのパソコン。ディスプレイの置かれた机には、流星型デザインの大きめなゴーグルのような機械があった。
どこか懐かしく、見覚えのある形に大地は思い出した。子供の頃、おもちゃ屋に置いてあったゲーム機。ゴーグル型のスコープを覗いて、赤い画面の中でゲームをするあの赤い機体に似た形なのだと。
「で、何これ?」
二人はズッコケる。
「大地さん知らないんですか!? 今、大人気のデジタルガジェットですよ!」
流行りものに疎い大地に、やれやれと首を振る明光。
「仕方ないですね、そんな大地さんにはこの明光ちゃんが直々に説明してあげますよ」
恩着せがましく、鼻につく物言いではあるがその懐かしさを醸し出している機械には興味があった。
「これは、ヘッドマウントディスプレイ『フィール』と言います。これを使えば、普段と同じ視点でバーチャル映像が見れる機械なのです! 勿論それだけではただのゴーグル型再生機ですが、この最新型は人間の脳波も読み取り、視覚のみならず感覚まで仮想世界で現実世界と同じように感じることができる、とても優秀なイイ子ちゃんなのです!!」
「私の攻撃力が、仮想世界でも大地様に体感していただける代物だ」
香佳さん、痛覚はかなりレベルを下げてあるから感じにくいんですよ。明光は、真顔で言っているがツッコむべきはそこではないと思う。
明光は、嬉しそうに二つあるゴーグル型の機械の一つを持って自分の前までやって来た。キラキラとした瞳が、仕方ないな~ちょっとなら触らしてあげるよ。などと訴えかけているように見えて思わず、自分の両手が近づいてきた明光の頬を反射的に引っ張ってしまう。
「ふぁにふるんでふかー?」
案外、怒らないものだな。とか思った刹那、メイドの叫び声が轟く!
「貴様ーー!! お嬢様になんてことをするーー!!」
瞬時に火が点いたように、香佳の魂の叫びがこだまする。どうやら、一番怒らせてはいけない人の逆鱗に触れてしまったようだ。
「お嬢様の柔肌に! 許可無く触れるなんて、なんて! なんて!! なんて羨ましいことをするんだーーーーーーーー!!!!」
今度こそ骨が砕かれる、いや死をも覚悟をした大地。しかし、予想に反し香佳その場に崩れ落ちただけで自分は命拾いをした。
「香佳さん、そんな心配しなくても軽くつままれただけだから。ほら、跡とかもついてないですよ」
薄々そんな気はしていたが、この子は天然なのか? メイドの失言ともとれる発言に対して、この反応はどうなんだ?
自分の軽率な行動で、話が斜め向こうに行ってしまったが“バイオレンスメイド”の意外な一面を知り、お嬢様の天然疑惑がわかったのでマイナス、ではなかっただろうと密かに思う大地であった。
「それで、コレとバンド。どうゆう関係があるんだ?」
香佳が落ち着いたのを見計らい、大地は手に持ったゴーグル型の機械を触りながら尋ねた。
先ほどの出来事で、香佳からの敵意は更に激しくなりこちらを射抜くような視線が痛い。危険な方には目を向けないよう、明光の方だけに見て話を続けた。
「大地さんは本当になにも知らないんですね。今時、ほとんどの人が『フィール』と『バンド』のキーワードでわかるんですけどね! ヤレヤレですよ」
ふむ、折角危険を冒したんだからもっと強く力入れたほうがよかったか……。明光の頬に少しでも跡が残っていたら命はなかったかもしれないが。
「それでは、そんな大地さんに教えてさしあげます! 今、巷で大人気! 音楽業界が全面バックアップの新時代に相応しい、音楽を楽しむシステム!」
ゴーグル型の機械を高らかと持ちあげ、明光はポーズを決める。
「音楽とは自由なものだ! 誰でも等しく楽しんでいいのさ!! さぁ! 君も! 仮想世界で音を楽しめ!! この『F・M・L』フリー・ミュージック・リンクで!!」
用意されたセリフは、多分CMのコピーかなにかだろう。うとい大地でもそういう雰囲気は感じ取れた。
見ろよ、あのドヤ顔。格好良く決まった!! とか思ってるんだろうな……。
大地の密かなため息は、防音の室内に響いた明光の声に紛れて消えていく。
だが、その言葉は少なからず大地の心にも反響したのであった。
ギャクとかナシで真面目に書こうと思っていましたが、濃いキャラはどうーしても存在させたくなりますよね!