Let's meet in reality:2
ライブ後、メールが届いた。『エクレア』のリーダーエリカから、直接会って話がしたいという内容のメールだ。『ルナ・ディスタンスのリーダーダイチへ』と書いてあったが、自分がリーダーだと名乗った覚えは全くない。
仕切りたがる割に重要なところはこちらにふってくるアカリ。意見は言うが文句は言わない、そしてすぐに同調するアキラ。アカリのわがままをすべて受け入れ力づくで願いを叶えようとするメイド。メンバーではないが、アカリの側をついて回るので香佳もサポートメンバーくらいの立ち位置である。
そんな3人が頭の中で浮かび上がり、必然的に自分が前を歩くしかないと悟る。誰がどう見ても、背中を押されながら危険地帯を無理やり先頭を歩かされている奴隷にしか見えない。少なくとも、ダイチはそう感じている。
「エクレアとの対談を取り付けてくるなんてさすがリーダー!」
「陰ながら努力を惜しまないなんてさすがリーダーだな!」
「アカリ様の為に率先して動くのは至極当然な行動ですが、不言実行ダイチ様はさすがリーダーでございます」
皆、親指を立てて称賛をくれているが誰一人としてダイチに目を合わせることはない。これはナイスタイミングだと、3人はダイチに面倒な役職を押し付けたのだ。こんな時だけアイコンタクトすらなくとも絶妙なチームワークを発揮する3人は目を見張るものがある。リーダーを誰にするか? などという愚問は協議にすらかけてもらえないのだとダイチは諦めることしかできなかった。
「にしても、なんで直接会おうなんて言ってきたんだ? 相手がどこに住んでるかも分からないのに」
それは、『F・M・L内で直接会おう』って意味なのでは? と分かっていながらもダイチの誤解は解こうとはしないアカリ。ダイチの誤解から生まれた話ではあるが、アカリはこれは面白いかもしれないと考えたからだ。ただしアカリはなんの当てもなく話を進めたわけではない、実は出来なくはないという思いがあったからだ。
「ダイチは知らないと思いますが、エクレアの通っている高校って隣町の学校ですよ。あの特徴的な制服は間違いないです」
あの制服がコスプレでなければの話ですが。とアカリは付け加える。
「そんな有名なところなのか?」
「県内女子100人に聞いた! 憧れの制服第1位!! な学校ですよ」
「学校は偏差値や何を学べるかとかで選ぶものじゃないのか?」
「何言ってるんですか、女の子が学校を選ぶ理由第1位『制服が可愛い!!』 に決まってるじゃないですか!」
本当にそれでいいのか? 世の中の女の子達よ……。制服の良し悪しで学校を見ることのない男には一生分からない感覚だろう。
「私もあの制服に惹かれて候補の1つとしていたんですけど、誰かさんが大学辞めるわ髪は赤くなるわで親の期待の目が私にだけ向けられたせいで、ね」
話しながら、アカリは視線を合わせない真っ赤な頭の主を睨むように見つめる。
「私があの制服に袖を通すことは1度としてありませんでした。大変無念です」
アカリが肩を落とし落ち込む仕草を目の当たりにして香佳が動き出す。ご主人様の無念を晴らすべく、わかりやすい殺気を発しながらアキラに近づく。だが、アキラも慣れた様子で素早く身を翻し逃げ出していた。
いつもこんなことばかりしているのだろうとダイチは呆れを越して関心すらしてしまったていた。そして、この出来事もまたアカリが学校へ行かない理由の一つではないのか? と感じずにはいられないダイチである。
「返事しておくけどどこか会うのにいい場所は知らないか? 俺は駅から自分の学校までにある店くらいしか知らないからさ」
「エクレアの学校はわかってるんだからあの制服を取り寄せて、直接乗り込む。私は憧れの制服が着れてエクレアとも会える、一石二鳥っていうのは面白くないですか?」
面白くない。ダイチはアカリの意見を遮る。
「そもそも1人で会いに行くつもりなのか? 絶対迷惑になるから却下」
「ご心配なく、ワタクシが付いていきますのでアカリお嬢様はおひとりにはさせません。こう見えてワタクシも18歳な女の子。女子高生に扮するくらい朝飯前でございます」
「いやいや、香佳が年齢的に一番無理だって」
誰が18歳だよ! 思わずツッコミを入れそうになったところをアキラに救われた。ありがとうアキラ、そしてさようならアキラ。
部屋の隅で断末魔が聞こえた気がしたが構わず話を進めた。
「もっと現実的な話をしてくれ。人数が多くても問題なく、長く居座ってもいいお店とか知らないのか?」
アカリが考え込んだところに香佳が戦闘を終えて戻ってきた。ハンカチで手を拭きながら。別に返り血を拭っているわけではない、暴れた拍子に飲み物をこぼした様でその処理をしたけだ。アキラの叫び声の度合から、返り血を浴びるくらいにはなってしまったのではないかという先入観によってそう見えてしまっただけである。
そこまで酷いことにはなっていないとしても、ただではすまないだろう。怖くてアキラがいるであろう方向には顔は向けられないことには変わりない。
「それなら、あの店がいいかもです。駅から近いですし、ケーキも美味しいです」
アカリがただケーキを食べたいだけのような気もするが……。土地勘のない自分には駅の名前を挙げられてもピンとはこないが、そのまま伝えて相手の反応を見てダメなら再度検討しなおせばいいだろう。
「わかった。俺にはハッキリとした場所はわからんが、そのまま伝えておくよ」
相談する用件も終わり、帰ろうとした時アカリ腕をつかまれ引き止められた。
「待ってください。まだ用があります」
スカートのポケットに忍ばせておいた四つ折りの紙がダイチの目の前へと突き出される。ダイチにはこの紙が何なのか安易に予想ができ、恐る恐る中を確認する。開かれた紙から、アカリの綴られた想いが封が解かれた玉手箱の煙のように溢れだす。
「仕事が早いのは良いことなんだが、ある程度でもいいから曲の方もつけてから渡してくれ」
「そういうと思って、今回から曲のイメージも伝えるのでそれに合して作ってくれていいですよ。で、今回のは前回とは逆の明るい感じ、ノリのいい曲にしてください。客を巻き込んでこそ『ライブ』! みたいな感じでお願いします!」
更に難易度が引き上げられた気がするのだが。ダイチの要求はするりとアカリの横をかすめ、辛うじて引っかかったもののみ応じてもらえた。
「期限は特にないのでお任せします。しますけど、早めに仕上げた方がいいと思いますよ」
「え」
確かに、今のままではライブをするにも持ち歌が少なすぎる。早急にオリジナル曲を完成させておくに越したことはないが、そこまで焦る必要はないと考えていたダイチは甘かった。
不敵な笑み浮かべたアカリ。アカリはこの先の展開を見据えている。
正しくは、アカリはこの先どうするつもりか考えてあるということだ。どうすれば自分の意見を通せるかも計算済みだ。
「エクレアとご対面、でお茶して終わりなわけないでしょ?」
「それはそれはとても有意義な話し合いをしに行くのでございますよ」
ご主人様に並んで波状攻撃を仕掛けるメイド。この時ばかりは何と言おうとすべてが正しいのだと、香佳は微塵の疑いもなく信じている。これからも、死んでも変わらぬ忠誠心なのだと。
ダイチが頭を抱える未来が確実に見えたアキラは、これはまた楽しくなりそうだと1人笑うのであった。部屋の隅で倒れながら。