Let's meet in reality
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大きな歓声の中、皆の視線を一心に集めるヴォーカルの笑顔を見てやはり今のままではダメだと気づかされる。私は、なにかのきっかけになればと思い1通のメールを送ろうと決めた。誰も気づかないのなら、私が気づかせてあげればいいだけなのだ。この覚悟がきっと良い方向に進むと信じて。
文面は簡単でいい、とりあえず会う約束を取り付けて直接気持ちをぶつければ伝わるはずだから。
本人に直接は連絡できない、だとすれば話しを聞いてくれそうなのはやっぱりあの人だよね……。
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軽快な足音が近づいてきて、スライド式の扉が勢いよく開かれる。
「どーーん!!」
「イツカ、あなたが元気なのはわかったから扉は静かに開けなさいっていつも言っているでしょう」
「ついでに、廊下は走るな! 転んで頭ぶつけたらどうする、今以上にバカにはなりたくないだろ?」
たしなめられていることを理解しているのかいないのか? 特に気にする様子もなく1人話を進めるイツカ。
「ねぇ、エリカ! メールの返事きた?」
「イッちゃん、私たちにはフランクな話し方でいいけど先生にはそれなりでいいから敬語を使って話してね」
「わかってるってー! それでそれで!?」
少し遅れてパタパタ……いや、ぽてぽてと表現した方がしっくりくるような足取りで部室へとやってきたサナは明らかに息が上がっている。
「サナも廊下は走らないでね。私たち結構目を付けられてるんだから」
「はぅぅー、ごめんなさい」
「まぁまぁ、サナちゃんの走るスピードなら走っているように見えないから大丈夫よ」
「そんなぁ~」
「全然フォローになってないってば、ウミ先輩」
「え? アイちゃんにはそう聞こえたの?」
イマイチ自覚がない所が怖い。とアイナはこれ以上突っ込まれないよう顔をそらす。
「ハイハイ! 全員揃ったからまずメールの返事について話すわよ」
『エクレール・アソートメント』
彼女たちは『F・M・L』に活動拠点を広げてまもなく注目バンドとして名を連ねた逸材である。軽音部の部員で部活動として結成したエクレア。結成からこれまで1年の活動経験が『F・M・L』での人気へと直結している。メンバー個々の能力もさることながら、ヴォーカルのイツカが人を惹きつける天性の魅力を具えていることが人気を博している大きな要因であろう。天真爛漫な彼女は、自然に好きなように歌い奏でる。足りない部分はメンバー皆でフォローしていく。その全てが繋がり、出来上がった作品が観客たちの心を掴んで離さないのだ。これが、エクレアのスタイルである。
「とりあえず、こちらの要望通り直接会って話したいっていうのも了承をもらえたわ。それで、みんなで行くなら時間合わせないといけないんだけど」
「それじゃあ明日に決定!!」
「イツカ、『みんな』でって言ったでしょう。勝手に決めないの」
「え~、だって善は急げって言うじゃん!」
「うぁ! イツカがことわざを使うなんて明日はイカでも降るか!?」
「ふふふ、明日は大漁ね~」
後輩の間違いにも微笑ましく乗っかるウミ。
「アイちゃん、烏賊じゃなくて槍か雪でいいんだよ」
「ふふふ、槍が降ってきたら戦国時代の合戦みたいで素敵ね~」
脱線した話を戻すことなど考えはしないが、後輩へのフォローは欠かさないウミ先輩。イツカとアイナのじゃれ合いを温かく見守るのもまた先輩の務めだとでも思っているのか、仲裁に入る気配は見えない。ウミはとても楽しそうだ。
「イツカ、アイナやめなさい。そしてウミは楽しまない」
3人は少しの熱を残しつつも、素直に返事をして収まる。ツッコミ役が1人では身が持たないとエリカはサナに助けを求めるが、サナはあわあわとするだけでエリカが期待するような働きは出来そうにない。自分が卒業した先、誰がここをまとめるのだろうかと不安しかないエリカであった。
「ああそうだ、時間決める前に聞きたいんだけど会うならリアルかフィールド内かどっちがいい?」
予想外の言葉だったのか、エリカへ皆の目が集まった。
「リアルでって、あっちと近場なの?」
「私の言い方が悪かったのか先方が『直接会う』っていうのがリアルでって意味だと思ったみたいで。まぁ、話をしてみたら結構な近場だったから相談してから返答するって言っておいたんだけど……」
全員の意見をと、考えていたエリカではあるが1人は確実に答えが分かっている。それが総意となるわけではないが、大抵が彼女に引っ張られていることは否めない。イツカはいつも上手く盛り上げてしまう、彼女が楽しいと思ったことはやはり皆も楽しいのだ。今も、イツカの輝いた瞳を見てしまった皆は反論の意思は持ち合わせていない。
「そういえば、なんでボクたちが近場の人だってわかったんだろう?」
「イツカ、あなたはいつも何を身に付けてライブをしてるの?」
ブレザーの胸辺りを掴み、答えを示しているのだが理解することなく考え込んでいるイツカの様子に皆あきれ顔だ。
「ウチの学校は少なくとも県内では知らない人はいないほど有名なのよ、イツカ知らないで入ったの?」
「うん、制服が可愛くて軽音部があるところってだけで決めたから!」
そんなにこやかにVサインされても、なんの自慢にもなっていない。
「ここの偏差値って結構高かったよな……イツカの成績でよく入れたな」
「ほんとそれだけは奇跡に近かったよ~」
言葉のわりに焦りはないイツカにアイナがツッコミを入れて脱線したこの話は終わる。エリカは全員と1度目を合わせると、意見はまとまったと判断した。
「じゃあ、返答しとくわね」
話が終わると、ギターに駆け寄り手早く準備を始めるイツカ。ジャックにシールドケーブルを挿し込み、アンプの電源を入れる。ボリュームを上げ、マイクオンで叫びだす。
「さぁ! 練習だーーー!! とりあえず合わせよーーー!」
「うるさーい! むやみにボリューム上げるな壊れるだろ!」
今日も響くイツカの歌声。軽音部の部室は防音設備がない普通の教室である。その為、練習の時に内外に溢れた音に生徒たちは引きつけられるように足を止めて聞き入っている。時にはフリーライブ状態になることも。そうなると、当然怒られます。
「注意しに来た先生も巻き込めるようになれば一流だね!」
「お願いだから、騒ぎを大きくしないでね」
イツカ中心に起きる騒ぎはいつも部長であるエリカを悩ましている。学校ではイツカの保護者として認識されているエリカの気苦労は絶えない。なにかと騒ぎを起こすイツカだが、いつも真っすぐで純粋で無邪気な彼女が起こす問題は理不尽に対してであり、人として正しいことなだけに怒るに怒れない。だからと言ってルールを破っていいことにはならないが。
バンド活動のような目立つことをしなくとも、イツカは学校で有名人となっていただろう。感情を素直にだしてしまうことは敵を作ることも多いが、それ以上に嘘がない誠実さが人を惹きつける。その真っすぐさが歌にも表れるのか、イツカの歌は直接心に届くような感覚を抱く。それがイツカの力、簡単に一言で片づけるなら魅力だ。
「はわわ、イッちゃんそんなに動くと見えちゃうよ! ちゃんと下履かないと」
「やだな~サナ。いくらボクでもパンツは履いてるに決まってるじゃん!」
「そのパンツが見えないようになにか履けっていってんだよ」
「え~、いいじゃん減るもんじゃないし」
「あはは、イッちゃんそれは女の子が言うセリフじゃないわよ」
羞恥心がないのかそれとも天然なのか? どちらにせよ、放っては置けないとエリカの親心が更に高まる。
それにしても……。と、はしゃぐ皆を眺めながらエリカは1人ため息をついた。