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オ・ト・ア・ト~仮想世界からアイを込めて~  作者: プリンシプル
Luna・Distance
12/14

メイド長、桂香佳のとある1日。[SS]

 皆様ごきげんよう、神尾家のメイド桂…………………………香佳です。なにげにメイド長です。そう、メイドの中で最も強い者のみが与えられるという称号。メイドのエリートと言っても過言ではない、そうですあの『メイド長』です。なにか間違いがございましたか? ありませんよね? 本日は、ワタクシ『メイド長』香佳の仕事ぶりをご紹介するとしましょう。

なぜ、ですって? そんなこと私に聞かれても知りませんよ。私はただのメイド。ただただ、ご主人様にお使いするだけでございます。私の行動を決めれるのはご主人様だけ、その他こちらの判断で動く時はすべてご主人様の為にのみ行動する。それが、メイドの勤め、メイドの鑑というものです。

香佳は、アカリ様の為日々邁進していきます!! ……はい? 雇い主? それは神尾家の家長である旦那様ですよ? そもそも、身寄りのない私をこの屋敷で引き取ってくれたのが旦那様なのです。その節は、感謝感激雨あられです。おかげで、私の全てを賭けてお守りする存在アカリ様とめぐり合うことができたのですから。



 朝、7時。アカリ様の起床時間です。私は30分前からアカリ様のお部屋内で待機しています、1分たりとも遅れることなく。目覚まし時計などという無機物で朝から気分を害しないように、穏やかに目覚めていただくために準備は怠りません。そして、この30分がワタクシの心も癒されるゴールデンタイムでございます。


 カーテンによって木漏れ日のようにふわりとした光が、眠れる森のお嬢様を包みこんでいる。そのお姿を静かに見つめ1人恍惚する香佳。アカリが気配で目覚めてしまわぬよう、絶妙な距離を保ち至福の時を過ごす。こんな時でも、いや、こんな時だからこそ香佳のただでさえ鋭い感性が更に研ぎ澄まされその力が発揮される。

 寝返りにより、露となったアカリのお御足を惜しみつつ布団に戻す作業を優しいそよ風が通り過ぎたかのごとく行い、再度距離を保つ。気配を殺すことなど容易な香佳にとってなんら不思議はない動き。再びの、寝返りにより動き始めた刹那、香佳はアカリの所に向かわず素早く部屋の外へと出る。静かに扉を閉めたところで、香佳の携帯電話が振動した。これは、予知能力などではなく研ぎ澄まされた感覚が携帯が電波を受けるより前に感じ取ったのである……ということにしておこう。

至福の時を邪魔された恨みが受話器の向こう側に伝わるよう努めて、電話に出る。


「はい、お肌の曲がり角で年齢の曲がり角、万年男日照りな32歳独身結婚の予定なし、の瞳さん。私の至福の時を邪魔するとはいい度胸ですね。ワタクシ次にアナタと顔を合わせる時が楽しみでなりません、覚悟していてくださいね。で、ご要件はなんでしょうか?」


受話器の向こうで、フツフツと言葉にならない怒りが漏れ出しているが香佳に悪びれた様子は微塵もない。


「アンタね! 毎回毎回、男日照りなんてアンタも一緒でしょうか!」


「は? ワタクシはアカリお嬢様のお側にいれさえいれれば、そんなもの必要ありませんよ」


香佳は、瞳を軽く鼻で笑い愚問だと吐き捨てるようさも当たり前だと言い切った。


「ああ、そうでしたね。聞いた私がバカでした!」


防戦一方の瞳は、このままでは引き下がれないと再度攻撃を仕掛ける。


「それより、あなたの歳私とさほど変わらないでしょう? なんでそこまで突っ込まれなきゃいけないのよ」


「ワタクシ、18歳の誕生日より歳は数えていません。ということで、ワタクシは今年も18歳なのですよ」


「それだったら私だってまだ20ハタチだって言うわよ!!」


「オバサンが10代に対抗するなんて片腹痛いですね」


顔を見ることができなくとも香佳の勝ち誇った顔が目に浮かぶ。


「って、そんなこと話すためにわざわざ電話したんじゃないわよ! もう!!」


毎度、香佳のペースに乗せられてしまう瞳。この定例と化してるこのやりとりは毎度行われているのである。誰がどう見ても明らかだが、香佳の全勝記録は未だ途絶えたことがない。

 香佳と瞳。共に神尾家の家長、神尾英二に雇われた身分である。担当こそ違うがその身分に上下関係などは存在しない。香佳の方が瞳より長く神尾家にお使いしているから瞳のことを下に見ている、ということはない。むしろ、香佳は自分に恐れることなくぶつかってきてくれる瞳のことを好意的に感じている。それは好敵手ライバルという関係にほど近い。


一連の流れが終わる合図、瞳の短く大きなため息が出ると会話が本来の筋へと戻る。


「明日、先生がそちらに戻りますからよろしくお願いしますね」


「面倒なのでパスしていいですか?」


「そんなものはありません」


「そうですか、それはとても残念です」


雇い主に対してとても失礼な言葉ではあるものの、瞳はここで再度言い争いをしても時間の無駄だと怒りを密かに胸にしまい込む。その反動が、毎回開催される出会い頭の事故を誘発させているのは間違いないであろう。

 電話を切り時間を確認して、起床時間に遅れがないことに安堵するが貴重な時間が奪われたと瞳を呪う香佳であった。


 1年中世界を飛び回り、年に1回あるかないかくらいの頻度でしか家に戻ることのない旦那様の為に神尾家のメイドは香佳を除き10人が雇われている。しかし、全員が常に屋敷にいることはない。アカリにお使いする香佳以外は2人のメイドが交代制のシフトで働いている。広いお屋敷ではあるが、1年のほどんどがアカリとアキラそして香佳の3人しか利用していないのに常にすべての部屋を綺麗にしておく必要はない、と香佳の判断で無駄な作業を省いたのだ。勿論、家長には香佳から直々に進言して意見を押し通した。香佳には強く出れない家長は、せめてもの威厳を保つために自分が戻る時は通常通りにすると約束させた。それに対する香佳の反応は、『渋々納得』であったのが容易に想像ができるであろう。


「メイドを全員招集しないといけませんね」


そうだ、先ほどの電話はなかったことにしましょう。朝日が差し込む窓に向けて呟かれた言葉を受け取る者は誰もいない。


「……冗談ですよ」


束の間の現実逃避を終えた香佳は携帯を取り出し電話をかける。


「皆さん、お仕事ですよ」


その一言は、神尾家のメイドを全員集合させる時の合言葉である。


「いつも通り、急に明日帰ってこられます」


「ははは、いつも通り急ですね旦那様のご帰還は」


慣れたもので、メイド達も軽口で返答してしまう。


「本当に、迷惑な人です」


ただし、ここまで酷い物言いができるのは香佳1人である。香佳はあくまでアカリに忠誠を誓っているのでその他はぞんざいに扱っても構わないと思っている。例外として、アカリの母への態度は至ってメイドらしい対応で接している。単に男に厳しいというだけなのか? その謎について香佳が語ることはない。



 白い高級車が屋敷の前に止まり、恰幅のいい紳士が降りてきた。神尾家の家長、神尾英二の帰還である。

帰るという報告だけでおおよその時間すら知らされない状況でも、何一つ問題はないよう構える為メイド達は前日に全ての準備を完了しておく必要がある。それがメイドの努めと香佳はメイド達に言い聞かしている。


「おかえりなさいませ、旦那様。相変わらずご帰宅の時間をおっしゃってくださらないので昨日から使用人総動員で、ふざけるなバカヤローな気分でございました」


なので、メイド全員の総意を伝えるのも香佳の役目だと自負している。一般常識のある人間なら絶対口にしない文句を堂々と伝えてしまう所が、香佳がメイド長としてメイド達に慕われている理由である。


「いつもすまんな。次は時間が決まったら連絡するよ」


この約束が果たされたことは1度としてない。


「それで、アカリの方はどうだ?」


「学校にはまだ戻っていませんが、ピアノのレッスンだけは欠かさず受けていらっしゃいます。家庭教師の方と馬が合うようです」


「そうか、それはよかった。やはり彼女に頼んで正解だったな」


満足そうに頷く英二の目に、見慣れないサイズの男物の靴が映り動きが止まる。


「アカリに最近変わったことは?」


「特にありません。バンド活動を始めたくらいです」


「それを何もないとは言わんだろ!」


「そうでしょうか? 旦那様の言いつけ通り、ピアノレッスンを続るのであればあとは好きにしていいとおっしゃったハズですが?」


「確かに言った、だが何かあれば報告をしろとも言ったはずだが?」


「お嬢様が、旦那様には内緒だとおっしゃいましたので『仕事』よりお嬢様との『お約束』を優先したまでですが、何か問題でも?」


鋭い眼光が立場が上のはずの人間を委縮させる。改めて確認だが、雇い主は神尾英二であり香佳は雇われている身の使用人である。



 防音室の扉の小窓から見えた中の様子は、旦那様が想像していたものとは違い戸惑いと不安が顔に出ている。その反応に香佳は満足気に説明に入る。


「旦那様はご存じないかもしれませんが、あれは『FML』といってヴァーチャル空間でリアル体験ができる優れものでございます」


「そんなことくらい知っている。それより男の顔がよく見えん、香佳ちょっとあの機械を外してきてくれ」


「私は一向にかまいませんが、お嬢様に理由を問われたら旦那様の命令だと間違いなく白状してしまいますがよろしいですか? その場合、折角取れた休みだというのに可愛い娘と話しすらできなくなってしまいますが仕方ないですね……では、行ってまいります」


扉に手を掛けた香佳を慌てて静止させる雇い主。不用意な発言は自分の身を削るだけなのだと反省すると同時に、香佳を拾いメイドとして雇ったことをまた後悔をする。


「わかった、私が悪かった。何もしなくていいから」


「そうですか、残念です。お嬢様が旦那様と口を聞かないこととなれば、旦那様への伝言がすべて私を通していただけるので私は一向に構いませんのに」


これ以上この場にいては香佳に揚げ足を取られ悲惨なことになりかねないと判断し諦め退散する。



「旦那様、お茶がはいりました」


香佳のメイドとしての能力は申し分ない。忠誠心もあり、言いつけも守る。自分の解釈で度が過ぎることもあるが……。アカリのボディガードとしても優秀。その力がこちらにも向けられることがしばしばあるが……。


眉間にしわ寄せながらお茶をすする旦那様の身を案じ、メイドは雇い主の忠実なしもべだと再認識してもらう。


「ご安心ください、旦那様。あの馬の骨は私が後々始末いたしますので……まぁ、お嬢様には旦那様のご命令で仕方なくということにしてお伝えいたしますが」


神尾英二の眉間のしわがまた1つ増えた瞬間であった。


 そろそろ、アカリが戻ってくるころかと時計に目をやった所でメイドの1人が香佳に耳打ちをしていく。


「旦那様、残念ながら休暇は終わりでございます。瞳さんから連絡が入りすぐに戻れとのことです。」



 優秀なメイドを揃えている神尾家。旦那様が動かれる前に、荷物の準備、移動手段の手配を済ましている。


「それでは旦那様、またのお帰りを心より待ちにしております」


「ああ」


結局、愛娘と話すことすら叶わず肩を落として出ていく旦那様をメイド全員で温かく見送る。


「そうでした旦那様、瞳さんに『次は直接顔を合わせてお話ししたい』とお伝えくださいませ」


「ああ、伝えておくがきっと来ないと思うぞ」


「旦那様、それもまた一興でございます」


香佳を筆頭に綺麗に整列したメイド達は深々と頭を下げて旦那様を送り出す。


「旦那様、いってらっしゃいませ」



 これが、『メイド長』桂…………………………香佳のとある1日の報告でございます。

え? 旦那様への扱いが酷い? そんなことあるはずがないでしょう。ワタクシは旦那様の言いつけを忠実に守り、お嬢様の為にこの身をすべて捧げて生きているのですから。


……何か、問題でも? 




区切りがよかったのでSSサイドストーリーを挟みました。これからも区切りごとにSSをやろうと思ってますので、箸休めくらいの気持ちで生温かく見てください。誰に焦点が合わされるかは、お楽しみです。

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