音が織り成す、翼は空に。
不安、無いといえば嘘になる。初めて作った曲、自分が納得できるところまで出来ている。などと、割り切れる性格ならいっそよかった。神の御業か、ミラクルか? どちらかといえば、偶然の産物と言ったほうがいいのだろう。解答用紙の切れ端だけが手の中に残っていた。軽く風が吹くだけで、たちまちどこかに飛んでしまいそうな紙切れを必死で掴み作り上げた曲。受け入れてもらえるだろうか? アカリの思いに沿えているだろうか? 不安は、尽きない。
長いようで、一瞬であった思案を振り払う。普段から重い扉だが、今日は一段と重く感じた。中に居る2人分の期待をも乗せているからだろうか。
「なんですか? その覇気のない顔は?」
にこやかなアキラに対して、アカリは椅子に座っているにも関わらず上からの物言いである。そんな顔をしているつもりはないのだが、アカリは自分の不安を見抜いているようだ。
「あんまり見られると、やりづらいんだけど……」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫だよ」
「「音楽は見るものじゃなくて、聞くものなんだから」」
真顔で言い放った言葉がシンクロする二人。これが、血の繋がりの成せる技か!? 一人っ子のダイチには、到底理解ができない領域であった。
人前で、演奏することが緊張するなんて初めてのコンクール以来ではないだろうか? その時以降、コンクールでは緊張はしたことはなかった。調子に乗っていたのだろう、いつも自信満々で挑んでいた気がする、あの日を迎えるまでは……。その日を境に、自分の中にあった自信は不安へと変貌を遂げた。負けて、ただただ逃げて帰ってきた自分を先生は叱った。慰めてなどはくれいない、だが不器用なりに叱ってくれたその言葉は、迷って足が止まりそうだった自分の背中を押してくれた。その事が、今の自分の支えとなっている、それはこれからも先もずっと変わることはない。
――練習でだけ強いなんてバカバカしい、本番で強くなれ。
まったく、無茶を言う先生だったな、と思い出すことで少し気持ちが落ち着く。いつからか、勇気がいる場面では、いつも先生の言葉を思い出すようになっていた。音楽の事以外は、一般常識というもがなかった先生。遠慮などないその言葉は、自分の記憶領域に深く刻みこまれ、窮地の時には何度となく助け舟となって現れる。
覚悟を決めて、演奏を始める。自分が拾い集めた音たちを信じて。
アカリの、歌詞から感じとったイメージをピアノの旋律に乗せる。サビのあたりから、鼻歌が混じり、次第に言葉が紡がれ唱歌されていく。同じく、ドラムの音もメロディに重ねられ3つの音が合わさっていった。3人でパズルのピースをはめていく様に、手探りで曲を繋ぎ合わせていく。1人では、大変だった宝探しは皆でやれば、自然にゴールが見えてくる。そんな、気がした。
「さて、あとはギターとベースの音を足していく訳ですが、どうするんですか?」
自然と始まったセッションを終え、担当の話し合いへと進む。
「ベースは、俺がするよ。ギターは技術的なことも含めて、ドラムに加えてアキラにお願いしようかと思ってる。ところで、アカリはギター弾けないのか? それが出来ればギター&ヴォーカルで負担が減るんだけど」
「私は、ピアノがちょっと出来るくらいで……そんな器用なことはできませんよ! というか、ダイチはギターやドラムも出来るみたいな事言ってましたけど、ベースまでやれるんですか?」
キョトンとした顔で、ダイチはアカリを見た。ダイチにとってそれは意外でしかなかったからである。
「ピアノが弾ければ、あとはどの楽器も一緒だろ? 基本の音階はどれも変わらないんだから、弾くか吹くか叩くか、くらいの違いだけだろ? 何が問題なんだよ?」
2つ以上の楽器が演奏出来るアキラは笑っているが、アカリは納得できないようだ。
「ダイチは、各楽器の先生が付いて英才教育でも受けてたんですか?! そんな、考え方普通じゃないですよ!!」
「いや、ピアノの先生一人だったけど。ウチの先生“ピアノが弾ければあとはどの楽器も大差ない”って考えの人だったから、他の楽器もやらされたんだよ」
突然、ヴァイオリンを持たされた時は驚いたが『音階なんぞどれも同じ』という考えに、一度は納得してしまった自分に拒否権はなかった。なにより、先生の意に反することでピアノが教えてもらえない事態になることが怖くて、先生の指示はすべて受け入れてきた。その時間が今、無駄ではなかったと証明されたのであった。
アキラのスペックが高かったので、アカリにも期待していたのだが……まぁ、大方予想通りでもある。残念な気持ちはない、そうあれば都合がよかった。くらいのものだ。アカリは、アカリの特性である歌に専念してくれればそれでいい。
ピアノは、曲の下地、土台部分を繋げることに適している、ベース寄りの役割のほうが大きい。カバーに入るならベースパートであろう。という考えから、アカリがヴォーカル&ギターであれば、後付けは無しでも問題がない、かな? と思っただけである。
「これで担当分けはいいとして、楽器と録音機材はどうするかな……」
「何か、忘れていませんか? ダイチ。私たちは、どこでバンド活動するんでしたっけ?」
ああ、そういえばあの中に全部揃っているんだったな。パソコンの横に並べられた機械に目をやると、当然ではあるが、数が3つに増えていた。
『F・M・L』内のフィールドの一つ、『トレーニングエリア』へとやって来た。
まっすぐ伸びる長い道に、丸いウィンドウが浮かんでいる光景はメインストリートとさして変わりはない。しかし、全く異なる点がある。それは、とても静かだということだ。メインストリートにはいる、観客がここにはいない。行き交う人は、すべてこのエリアの使用者だけである。
「ここは、名前のとおり練習場所なので見に来る人はいませんし、練習風景を公開してる人もあまりいないので利用者以外の人はほとんどいません。部外者お断りっていうのが暗黙のルールです」
ファンだからといって、練習してるところも見学できるなんて思ったら大間違いです! アカリは、人差し指をこちらに向け、何か決めポーズみたいな事をしているが元ネタがわからない自分は微妙な顔で応対するしかなかった。アキラに、助けを求め視線を送るがスルリと避けられた。どうやら、神尾家の教育方針は放任主義のようだ。どおりで、二人共自由気ままに育ったものだ。と、勿論いい意味ではない。
どの部屋を利用しても内装は同じ、とのことなので適当なものを選んで中へと入る。中は、広々とした空間にソファとテーブルがあり音楽スタジオにカラオケボックスを合わせたような部屋であった。思っていた以上の空間に感心していたのも束の間、必要な楽器を設置すると初見の印象はガラリと変わり、手狭感が濃厚となる。それは、ひとえに使いやすさを優先してグランドピアノを選択した自分のせいであるのは間違いないだろう。
録音機材、楽器がどれでも好きなものを自由に使える、それだけでも十分驚きなのだがこの世界はまだまだ奥深く、自由度が高かった。これから、個別で練習しようとする時、同じ空間に複数人が同時に音を出して練習するのは難しい。ならば、個別に他の部屋を使えばいい? その答えはノー。それでは自由を謳う『F・M・L』の名が廃る。では、どうすれば?
「そんなの、パーティション分けすればいいだけでしょ?」
アカリが、メニューを開き操作すると室内が半分に区切られた。間を隔てるのは透明の壁のようなもの。それを境に音だけが遮られる。壁の向こうは見えるし、移動もできる。行き来できないのは音だけとなった。
自分が知らない機能がまだまだありそうだな! 『F・M・L』!! などと、コマーシャルのフレーズみたいなのが浮かんでしまったが、気にしないでいい。忘れてくれ。
大まかなドラムパートが決まり、一度合わせてみようという流れになった。待ってました、とはしゃぐアカリだが、いきなりで合わせられるのだろうか? しかし、そんな思いは杞憂でしかなかった。
ピアノ、ドラム、そして歌が重なり一つの形を生み出す。初めて、アカリと出会った時に見えた羽が、織り成し出来上がった翼はアカリを空へと連れて行く。
アカリは、広げた翼に受け止めた風を余すとこなく使い、大空へと羽ばたいた。
瞬間であった。
一部、個人的見解がありますが、主人公のスペックの高さを鑑みた上での意見であります。
こっちが絶対正解、などとは思っていません。私(&主人公)は、ただこちら寄りの意見だというだけのことです。
私が指摘した意味がわかり、反対意見だ! という方が居ましてもスルーでお願いします。
あくまでも「フィクション」ということで。ご意見頂いても返信は致しませんので、あしからず。