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気持ち

王子様

作者: さだ 藤



――勇者、それは男なら一度ならず憧れた事だろう。


 私も幼い頃はそうだった。そして、国を救うのは勇者なのだと分かっていた。


 分かっていたのだ。


 だが、この国が魔族達の被害に見舞われ真に救いを求められた時、私が握り締めた拳は何処へと向かえばよかったのか……。

 


 この国の後継者として生まれ、育てられ、議会の満場一致で立太子。

 父上も今だ歳若く、陛下の位を戴く事は当分先なのだと分かっていた。

 然るべき時を待ち、然るべき時に備え充分すぎるほどの時間を頂けたと私はその全てを、情熱を、政務へとしいては国へと向け、民に恥じることなき良き施政者と成るため努めた。


 緩やかに、穏やかに、けれど着々と、陛下も年を取りゆき、私が継ぐべき時も近づいていると思っていた時だった。


 封印されていた魔王の結界に、綻びが見つかった。


 少しずつ瘴気と魔気に犯されていく自国を含む世界の国々。

 沸騰する数々の物の価格。反比例して、やつれて行く民達。


 正直、自らの力不足によるものだと見るにたえた。


 曇りゆく人々の表情。人々の心のゆとりが失われ、各国の平穏は崩れゆき、争いが巻き起こり、平和などどこかへと消え失せた。


 そんな、最中だった。

 聖国として名の通る我が国に伝わる一つの秘術が陛下の命の元、施行される。



 勇者召還 



 幼い頃母代わりの乳母に、寝物語やなにやらと幾度も強請った話が現実となった。


 普段は神聖な場所として閉ざされている空間に、国の上位者達が集う。

 それ程の、世界の行方に関わる変事なのだ。


 私は父である陛下の傍に何らかの不測の事態に備え佇み、更に私達を守るべく精鋭とされる中から精選された騎士が数人傍に立つ。


 緊張感漂う中、静かに陛下は宮殿筆頭神官に合図を送り、それに従い神官達は力を貯め始め、神の言葉とされる神語で力を練り込みながら言葉を紡いでいく。

 

 徐々に高まる力の渦はある一点を超え、部屋に溢れんばかりの光と化し、眩い光の中現れ出でたのは偉丈夫とは見えなくとも、実際には優れた力と知恵を持つ者だった。


 私達は召還術の成功を確信、それを喜んだ。


 容姿もよろしく、優しさも持ち合わせた彼はすぐさま貴賎問わず老若男女皆に受け入れられ、慕われた。


 そして彼は私達、この世界のもの全ての願いを、悲願を叶えてみせる。

 自国を中心に各国から集められた仲間達と共に力を合わせ、封印する事で留める事しか出来ずに終わっていた魔王を解き放ち、危なげなく勝利し、世界は平和を取り戻す。


 久々に訪れた真の平和に各国は喜びに湧いた。


 すると、当然。

 力を持つ彼に与えられる物はしかるべし物となるのは当たり前の事だろう。


 彼にはそれ相応の対価を与えなければならない。勝手に呼びたて、救われたのは私達だ。

 むしろ何もせずに、お帰り願うなどは誰も思わぬだろうし、それこそ民たちが許しはしない。


 当然の事だ。当然の。


 彼は母国への帰還は望まず、この国に留まる事を希望した。

 誰もが喜んだ。彼と恋仲になっていた第一皇女、つまり私の姉など泣いて喜んだ。


 そして、ついに父は私に向けて言った。


 「すまない」


 愛してくれていただろう、可愛がっていてくれただろう、誰より私が即位する事を必ず叶う夢と思い描いていただろう父からの言葉だ。


 胸に響いた。

 不覚にも、涙さえ浮かべてしまっていただろう。


 その言葉だけで充分だ、充分だったはずだ。

 

 彼を、一番、私が望んだのだから。



 けれど、……けれど、


 彼が正式に、我が国の陛下として即位し、開放された城の庭に欠片の空間など見当たらない程押し寄せ、集う国民と、居並ぶ各国の王族の方々のそれは嬉しげな顔が、なぜか見ていられなかった。


 あれほど、こがれていた民たちの笑顔が。 



 それは、私の居場所が終に消えた時だった。



 もう、私は、私があいした国にはいられなくなった。




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