歓送迎会
五月の中旬、市立病院全体で歓送迎会があった。当直や夜勤者を除いたメンバーがみんな参加した。歓送迎会が遅くなったのは、三月に大地震が発生してばたばたしていたからだ。
「どうだ。MSWは」
黒島課長に声をかけられながらビールをつがれる。
「まだ一ヶ月半ですからね。何とかやっているといった感じです」
「やりがいはあるか?」
「そうですね。あると思います」
そう答えてみたものの、まだ良く分からなかった。ただ、一つだけ言えることは、MSWという仕事に、退職願を叩きつけたいほどの嫌悪感は抱いていなかった。
「マルセイつっても人間だ。色々なやつらがいる。だからこっちもいろいろな職員を揃えなきゃならん。福祉を専門にやってきた者ばかりではなく、君みたいに法律とか、経済とか、理系とか、いろいろな職員がいた方が、俺はいいと思う。税務畑を歩んできたやつとか、地域振興をずっとやってきたやつとか、そういうのがいるほうが、職員のバランスはいいんだよ」
マルセイって、精神障害者の「精」の字を丸で囲んだ隠語だけど、今時そんな言葉使ったら市民から苦情の投書が来ますよ。頭の中身が古いな、黒島さんは。来年の三月で定年だから仕方ないか。
「私は、福祉に向いているんですかね? 自分では良く分からないんですけど」
「向いているかどうかは、君が決めることじゃない。周りが決めることだ」
黒島課長は「がはは」と大きく笑いながら、俺の背中をバンバンと乱暴に叩いて違うテーブルに移動した。課長の大柄で分厚い背中をぼんやりと見ていると、声をかけられた。
「牧岡さん。どうですか? 一月半経って」
マキちゃんだった。暴走マグナム事件以来、何となく彼女を避けていたが、こうして声をかけてくれるんだから別に気にしていないようだ。良かった。
「何とか、やれてますけど、入江さんのおかげですよ」
「何言ってるんですか。鈴木さんをすぐに退院させちゃったし。田中さんも、牧岡さんが担当になってから全然怒鳴らなくなったんですよ。まあ、亡くなっちゃったけど」
田中の達筆な文字が目に浮かんで、それをかき消すようにグラスのビールを飲み干した。
「牧岡さん。MSWになって、良かったと思います?」
俺のグラスにビールを注ぎながら、マキちゃんは言う。
「良かったか、良くなかったか、まだ分からないですね」
マキちゃんはすごいよな。事務からMSWにさせられて一年でもう一人前なんだから。俺なんてとても真似できないよ。
「牧岡さんは素質ありますよ。絶対」
「うそ?」
「嘘じゃないですよ。ほんと」
八重歯を出してえくぼを強調し、マキちゃんは笑った。彼女が上半身を大きく揺らすので、二の腕が俺の腕に当たった。柔らかくて、弾力が心地良くて、女の物としか思えない体臭がちょっと匂ってきて、むくむくと起き上がろうとするマグナムを押さえつけるのに必死だった。