たろ吉
翌々日、懲りもしないで鈴木の病室を訪れた。
「先生、屋上から飛び降りるのと、ロープで首をくくるのと、どっちが楽ですか?」
「鈴木さん。何で部屋を閉め切っているの?」
「犬が、逃げないように」
「は?」
「犬、飼っていたんですよ。まだいますよ。家に」
「ああ。部屋を閉め切る癖がついちゃったのね?」
「可愛いよ、うちの犬。たろ吉って言うの。毛が白くてきれい」
「今はどうしているの? たも吉」
「たろ吉だよ。間違わないで! 今も家にいるはずよ」
「え? 閉め切った部屋に? エサは?」
「ドックフードを畳の上にまき散らして来た」
「それじゃ足りないでしょう?」
「大丈夫。たろ吉は頭の良い子だから。連れて来て見せてあげるよ」
「見せてよ。白くてきれいな犬なんでしょう? 見たいな、約束だよ」
それから鈴木の症状は一気に回復し、三日後に退院にこぎつけた。
「やるじゃないですか。牧岡さん」
マキちゃんが笑うと八重歯がきらりと光る。この八重歯を見ることだけが唯一の楽しみだな。俺は思った。
次の日、鈴木は約束通り飼い犬を連れてきた。白い毛並みは意外と美しく、彼女の言ったことは嘘ではなかった。
「たぼ吉、可愛いですね」
「たろ吉だってば!」