MSW
「おい、牧岡」
定時近くなって、黒島課長に呼ばれた。お叱りのお言葉かな。まあ仕方ない。
「お前、無茶苦茶やったな」
「いえ、すんません」
「とんでもない荒治療だな」
「治療になりましたか?」
「佐藤葵を見てみろよ。あれから西島慶太とずっと一緒にいるぞ」
良かった。何とか成功したか。
「西島は真面目な子だ。葵を不幸にはさせないだろう。彼の一途さが伝われば、葵は変われる」
俺は大きくうなずいた。
「全く。俺の期待通りだったよ」
「え?」
「お前を引っこ抜いたのは俺だ。荒削りだが、期待通りにやってくれたよ、牧岡は」
「いえ……」
「どうだ? MSWは」
「そうですね……」
愛犬のたま吉を抱いてにんまりとする鈴木数子、顔中皺くちゃにして笑う田中正八、西島慶太の肩に手を置いて怯える佐藤葵。彼らの顔が思い浮かんだ。たった今見たかのように思い出せた。
「やれるだけ、やってみます」
「がはは」
黒島課長は俺の肩をバンバン叩く。これが結構痛い。あ、そういえば鈴木の飼い犬はたま吉じゃなくてたる吉だったっけ? たに吉だっけか? まあいいや。
「牧岡さん」
課長席から自分の席に戻り、定時が終わって机の整理をしていると、マキちゃんに話しかけられた。
「何ですか?」
「葵ちゃん、すごいですね。あんな方法、私じゃ考えつかないですよ」
「いやいや、たまたま思いついてうまくいっただけですよ」
「MSWらしくなってきましたね」
八重歯がきらりと光った。
「マキちゃんのおかげですよ」
「え?」
「あっ」
しまった。マキちゃんって呼んじまったよ……。
「いいですよ。マキちゃんで。私も名前で呼ばれたい」
また八重歯が光った。まぶし過ぎて脳振頭を起こしそうだ。
「バイク、いつ乗せてくれます?」
「え? ああ。あれ? 社交辞令じゃなかったの?」
「じゃなかったの! とりあえず、どこ行くか決めましょう。今日は暑かったから、喉でも潤しながら」
下から覗いているマキちゃんの大きな瞳が、俺の中に飛び込んできそうに思えて、のけ反ってぶっ倒れるんじゃないかとさえ感じた。視界の端には黒島課長がにやにやする顔がぼんやりと映っている。
黒島さん。今度ばかりはあんたに礼を言うよ。俺を市立病院に呼んでくれてありがとう。天使に巡り合わせてくれてありがとう。お返しに、俺はMSWとして、この病院の患者たちみんなの天使になってやろう。なんてね。それはさすがに臭いか。
「牧岡さん、早く!」
くだらない妄想を巡らせていると、帰り支度を終えたマキちゃんが事務所を出ようとしているところだったので、慌てて彼女の背中を追いかけた。
この作品は、軽いタッチで書き上げるように心がけました。随所に笑いも盛り込み、さらりと読めるようにしました。内容が結構重たいので、それを重く感じさせないように努力しました。