夜、この森でまた巡り合う
初めての作品です。読みにくいとは思いますが雰囲気や空気感を想像して楽しんでもらえればと思います。
夜の森は、昼とはまるで別の場所のようだった。
風は止み、木々は息をひそめ、ただ遠くで水の音だけがかすかに響いている。
陽は足を止めた。
来るつもりはなかったはずなのに、気づけばまたここに足を踏み入れていた。
足元の枝が、ぱきりと音を立てる。
その音に呼応するように、どこかで何かが動いた。
息をのむ。
...静かすぎる。
自分の呼吸だけが浮いている。
振り返る。
だが、来た道はもうわからない。
闇が輪郭を奪っていった。
また、気配がする...
近い。
背中に、じわりと冷たいものが広がる。
一歩、後ずさる。
その瞬間ーーー足を取られた。
地面の凹みに気づかず、体勢を崩す。
支えを求めて伸ばした手は、空をつかむだけだった。
ーーー落ちる。
そう思った瞬間。
何かがそばで動いた。
次の瞬間、体が止まる。
支えられていた。
驚いて顔を上げる。
そこに、誰かがいた。
フードを深くかぶり、輪郭はあいまいで、ただその奥にある‘‘目‘‘だけがこちらを見ている。
言葉が出ない。
さっきまであった気配が、消えている...
森はまた、何事もなかったかのように静けさを取り戻していた。
その人は、そっと手を放す。
そして、陽を見てーーー
「...危ない」
それだけ、静かに落ちた。
次の瞬間には、もう背を向けている。
「ま、まってーーーー」
声をかける。
けれど、届かない。
足音もなく、影は森の奥へと溶けていく。
まるで、最初からそこにいなかったかのように。
しばらく動けなかった。
ただ、胸の奥に残るものだけが、確かだった。
助けられた。
それとーーーー
あの目。
夜の中でもはっきりとこちらを見ていた。
忘れられないほど、静かに光を宿していた。
「......また、会えるかな」
小さくこぼれた声は、闇に吸い込まれていった。
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昼の街は、夜の森とはまるで違っていた。
人の声が重なり、絶えず何かが動いている。
あの静けさが、嘘のように遠い。
陽は通りの端でたちどまった。
目的の店はもうすぐのはずだったが、
ふと、足が止まる。
視界の端に気になる人影があった。
同じ場所で、何度か視線を巡らせている。
人の流れに少しだけ乗りきれていないような、そんな立ち方。
迷っているのかもしれない、と思った。
少しだけ迷う。
声をかけるほどのことでもない気がする。
でも、そのまま通り過ぎるのも、どこか引っかかる。
結局、足を向けた。
「......大丈夫ですか?」
声をかける。
相手が顔を上げる。
ーーー目があった。
その瞬間、ほんのわずかに息をのむ。
ーーどこかで。
思い出しかけて、形にならない。
「....いえ」
短い返事。
それで終わるかと思ったが、なぜか引けなかった。
「道、迷ってますよね?」
少しだけ踏み込む。
けれど、相手は否定しなかった。
ほんの一瞬、視線を逸らしてから、小さく頷く。
少し安心する。
間違ってはいなかったらしい。
「この通り、分かりづらいですよね。探してる場所、ありますか?」
相手は少しだけ考えてから、目的を告げる。
それを聞いて、思い当たる。
「あぁ、それなら、この先を右に……」
手で方向を示しながら、簡単に説明する。
相手は黙ってそれを聞いていた。
無駄な相槌もない。
けれど、ちゃんと聞いているのがわかる。
説明を終える。
そのまま別れるつもりで、一歩下がる。
でも、なぜか足が止まった。
このまま終わるのが、少しだけ惜しい気がした。
「......あの」
呼び止める。
相手がわずかに視線を向ける。
「もしまた迷ったら、声をかけてもらってもいいですし。
......その、見かけからわかるように」
言いながら、自分でも少し回りくどいと思う。
けれど、いきなり名前を聞くのも違う気がした。
ほんの少しの間があく。
相手は言葉の意味を測るように、静かにこちらを見ていた。
それからーーー
「......深月、です。」
短く、そういった。
わずかに間を置いてからの名乗りだった。
それ以上は何もつけ足さない。
でも、それで十分だった。
「深月、さん」
小さく繰り返す。
名前に、しっくりくる感覚があった
理由は分からない。
ただ、どこかで聞いたような気がする。
深月は軽く頷くだけで、それ以上は何も言わない。
それでも、さっきより少しだけ距離が近くなった気がした。
「俺は、陽です」
自然に名乗る。
深月は、それに対しても、特に反応を返さない。
ただ、聞いているだけ。
それでいいと思った。
無理に続ける必要はない。
「さっきの道、このまままっすぐ行けば大丈夫だと思います)
最後にそう付け足す。
深月はもう一度頷いて、背を向ける。
そのまま人の流れに、紛れていく。
見送る。
すぐに見えなくなる。
けれどーーー
「......深月、か」
小さく呟く。
名前が残る。
そして、その奥にある違和感も。
夜の森。
あの目。
あの声。
まだ、繋がらない。
でも、確実に近づいてる。
陽はゆっくりと歩きだす。
街の騒音の中に、戻りながらも、意識のどこかにその名前が残っていた。
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森に入るつもりはなかった。
それでも、気づけば足はそちらに向いていた。
理由はない。
ただ、あの夜のことが、どこかに残っている。
日が落ちるのは早い。
気づいたときには、もう光は届かなくなっていた。
足を止める。
引き返そうとした、そのとき。
足元が滑る。
とっさに踏みとどまろうとして、余計にバランスを失う。
嫌な音がした。
何かが、うごいた。
気配が近づく。
背筋が冷える。
ーーまずい。
そう思った瞬間。
体が支えられる。
あのときと同じだった。
違うのはーー
「......また、ですか」
低く、抑えた声。
一瞬、意味が分からなかった。
でも、その一言で。すべてがつながる。
顔を上げる。
フードの奥。
見えないはずの表情の代わりに、あの目があった。
夜の中でもはっきりわかる。
あのときのーー
「......あのときも、あなたですか...?」
思わず口に出ていた。
問いかける。
けれど。返事はない。
ほんの一瞬だけ、間があった。
それから、手が離れる。
距離が離れる。
逃げるように、気配が遠ざかる。
「待ってーー」
声をかける。
今度こそ、はっきりと。
けれど、止まらない。
残っているのは森の静けさだけ。
立ち尽くす。
呼吸が少し荒い。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「......今の、声......」
思い出す。
昼の街。
あのときのやり取り。
やわらかくて、短い言葉。
そしてーー
さっきの一言。
重なる。
確かに、同じだった。
はっきりと、繋がった。
「......やっぱり」
小さく呟く。
確信には、まだ少し届かない。
でも、もう偶然とは思えなかった。
助けてくれた誰か。
昼にあったあの人。
そして、今ここにいた人。
すべてが、ひとつに近づいている。
夜の森は、また静かだった。
何も変わってないはずなのに、
さっきまでとは少しだけ違って見えた。
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それから数日後。
街でまた会った。
今度は、すぐわかった。
人の流れの中でも、なぜか目に留まる。
あの人だと思った。
確信はない。
でも、目を見ればわかる気がした。
「......この前」
声をかける。
相手が足を止める。
振り返る。
やっぱり、と思う。
同じ目だった。
「この前、教えた道ちゃんとたどり着けました?」
まずは、それから。
相手は少しだけ間を置いてから、頷いた。
「......それはよかったです」
短い返事。
それ以上は続かない。
けれど、それでいい。
少しだけ間を置く。
視線を外すふりをして、言う。
「そういえばーーーー」
何気ない調子で。
ただ思い出したように。
「町の人が、夜に助けてくれる人がいるって話、してたんですけど」
そこで一端言葉を切る。
反応を見ないようにしながら続ける。
「......あなたは、会ったことありますか?」
短い沈黙。
そっと視線を戻す。
相手は、ほんの一瞬だけ言葉を選ぶようにしてからーーー
「......そういう話、あるんですね」
それだけを返した。
やわらかく、逃がすように。
でも。
完全に他人の話を聞いている感じではなかった。
ほんの少しだけ確信に近づく。
陽はそれを崩さないように、あえて軽く続ける。
「街の人によると、‘‘夜の森渡‘‘って呼ばれてるみたいで」
相手の表情は見えない。
でも、わずかに空気が変わる。
「会えると、少しいいことがあるって言われてるみたいですよ」
少しだけ間を置いて、陽はやわらかく笑う。
「......少しワクワクしますよね」
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それから、少しだけ間が空いた。
偶然にしては、会わない日が続く。
前なら、街のどこかでふと視界に入ったはずなのに、それが、ない。
陽は足を止めた。
通りの向こうに、見覚えのある後姿を見つける。
すぐに分かった。
あの人だ。
迷う。
声をかけるべきか。
ほんの一瞬考えてーー歩き出す。
「......あの」
少し距離を残したまま、声をかける。
相手がわずかに足を止める。
けれど、振り返らない。
それだけで、分かる。
避けられている。
追いかけるほどじゃない。
でも、明らかに近づかせない距離。
陽は、そこで足を止めた。
無理につめると、もっと離れる。
それは分かっていた。
「......この前はありがとうございました」
少しだけ声を落として言う。
届くかどうかわからない距離。
相手はほんのわずかにだけ、肩を動かした。
聞こえてはいる。
でも、それ以上はない。
返事もない。
振り返りもしない。
そのまま、静かに歩き出す。
人の流れに紛れていく。
すぐに、見えなくなった。
陽はしばらくその場に立っていた。
さっきまでそこにいたはずなのに、もう気配すら残っていない。
小さく息を吐く。
やりすぎたのかもしれない、と思う。
あの話。
‘‘夜の森渡‘‘のこと。
少し、近づきすぎたのかもしれない。
「......逃げられた、かな」
苦笑する。
でも、どこか納得していた。
あの距離の取り方は拒絶じゃない。
ただ、これ以上は来ないでほしいというだけ。
それなら、いい。
完全にいなくなったわけじゃない。
また、会えればいい。
そのときに、少しだけ戻せばいい、
無理に追わなくていい。
陽は視線を上げる。
人の流れは相変わらず続いている。
その中に、もうあの姿はない。
それでもーー
「......また、会えるよな」
小さく呟く。
理由はない。
ただ、そう思えた。
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それから、少しだけ時間が空いた。
街で会うことも、森で迷うことも、なかった。
あの日のことは、はっきりと覚えているのに、
触れようとすると、どこか遠い。
それでも消えない。
陽は夜の森の手前で立ち止まった。
来るつもりはなかった。
けれど、足がここまで運んでいた。
理由は分からない。
ただ、あの声と、あの目が残っている。
静かな森を見つめる。
入るべきじゃないとわかっている。
それでも。
ほんの一歩だけ、足を踏み入れる。
そのとき。
音がした。
近い。反射的に周りを見渡す。
暗がりの奥で、何かが動いた。
空気が、わずかに揺れる。
ーー来る。
それよりも早く、別の気配が割り込んだ。
静かに、迷いなく。
目の前の気配が、散る。
何もなかったかのように。
息を吐く間もなく、視線を上げる。
そこに、いた。
フードを被った影。
あの人だと、すぐに分かった。
今度は迷わない。
逃がしたくない、と思った。
「......待ってください」
声にする。
前よりも、はっきりと。
影が、わずかに止まる。
その背中に向けて、続ける。
「もう、分かってます」
少しだけ息を整える。
言葉を選ぶ時間はない。
でも、間違えたくない。
「夜に助けてくれるの、あなたですよね」
静かな森の中に、声だけが残る。
影は動かない。
否定も、肯定もない。
それでも、もう十分だった。
一歩、近づく。
距離を詰めすぎないように、気を付けながら。
「......深月さん、ですよね」
名前を口にする。
初めて。
その瞬間、時間が止まったように感じた。
逃げられるかもしれない。
そう思った。
それでも、言葉は止めなかった。
影が、ゆっくりと振り返る。
フードの奥。
はっきりとは見えないはずなのに、目が合う。
前と同じ、静かな光。
少しだけ、間があった。
長くはない。
それから。
「......バレちゃいましたか」
小さく、困ったような声。
わずかに、笑った気がした。
否定も、言い訳もない。
ただそれだけでーー
すべてが繋がった。
陽は息を吐いた。
知らないままで終わると思っていたものが、
ようやく、形になった気がした。
「......やっと、ちゃんと会えました」
静かに言う。
責める気持ちは、なかった。
ただ、そう思っただけだった。
深月は何も答えない。
けれど、背を向けない。
それだけで、十分だった。
夜の森は、相変わらず静かだった。
けれど、その静けさはもう、少しだけ違って感じられた。
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名前を読んでから、どれぐらい経ったのか分からない。
あの夜のことは、はっきりと覚えているのに、
そのあとの時間は、少しだけ曖昧だった。
陽は、街の外れで足を止めた。
目の前には、あの森がある。
夜になる前の、静かな境目。
前みたいに、何も考えずに入ることはしない。
危ないとわかっている。
それでも。
視線は自然と、森の奥へ向いてしまう。
あのあと、深月は何も言わなかった。
引き止めもしなかったし、説明もしなかった。
ただ、そこにいた。
それだけだった。
「......深月」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。
当たり前だと思う。
それでも、呼んでしまう。
しばらくそのまま立っていたが、やがて小さく息を吐いた。
今日はやめておこうと思う。
無理に会いに行くものじゃない。
でもーーー
来てしまったときは、また会える気がする。
理由はない。
ただ、そう思えた。
陽は踵を返す。
街のほうへ戻る。
その途中で、ふと足を止めた。
気配がする。
振り返る。
森の奥、木々の影の向こう。
はっきりとは見えない。
でも、確かにそこに‘‘いる‘‘。
視線だけが合う。
夜ほどではない。
それでも分かる。
あの目だった。
少しだけ、間があく。
何も言わない。
向こうも、動かない。
深月は何も返さない。
けれど、目をそらさなかった。
陽は軽く笑って、今度こそ歩き出す。
振り返らない。
それでも分かっている。
完全に離れたわけじゃない。
終わったわけでもない。
ただ、少し距離を保ったままーーー
それでも、繋がっている。
夜の森は、変わらずそこにある。
そしてきっと、また。
この森で、巡り合う。
自分の好きな雰囲気で突っ走ってしまいました。
初めての作品なので、つたない部分しかないと思うのですが私の好きな雰囲気が伝わっていたらうれしく思います。
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございます。




