魔王
「勇者よ、お前は強い。間違いなく、この世界で誰よりも強い。だからこそ、ここまで来れたのだ。私の配下を悉く薙ぎ倒し、死線を越え、旅の完遂まであと一歩という場所までな。この道を遮るものは、もはや残すところ私一人だ」
「さぞかし憎いだろうな。それも当然だ。人と魔が相容れぬのは、数千年も前からの宿命なのだから。今日、その泥沼の闘争に終止符が打たれる。お前が救ってきた人々は、その瞬間を、私の首が落ちる瞬間を心待ちにしているだろう」
「だが、勇者よ。お前は自身の強さによって敗北する。私ではなく、自分自身の手によってだ。……不思議たまらないだろう? 自分が? なぜ? こんな弱そうな者に? そもそも何故こんな者が魔王を名乗っているのか? そしてなぜ、歴代の勇者たちがおしなべて私に屈してきたのか。その理由すら理解できぬまま、お前もまた散るだろう。敗北を想像できない時点でお前はもう既に負けているんだ」
「認めよう。私は弱い。あまりにも弱い。魔物の中でまともに戦ったら下の中ぐらいだろう。それでも、まあ、少しぐらいは勝てる。なんせ勝ちを譲ってくれるぐらい優しい奴もいるから。気が付かなかったか? お前が無造作に屠ってきた魔物の中にもな。しかし、何でそんな者が魔王なのか? 1番腕っぷしの強い奴がやるべきではないのか? 私ももちろんそう思う。だが、事実は一つだ。彼らは勇者に敗れて死に、私は生き残った。それ故に、私は魔王であり、そして今まで一度として、勇者に負けたことがない」
「なぜ私が魔王なのか、本当に分からない。しかし、一つだけ分かることがある。……私は弱い。ただそれだけだ」
「問おう、勇者よ。力とは何だ? 強さとは? 優しさとは? 仲間とは? 正義とは? 勇気とは? ……そして、弱さとは何だ? 」
「私には、他の魔物を納得させられるような腕っぷしの強さも、討たれた仲間の仇撃ちに燃える熱い情熱も、背中で語るような頼もしいリーダーシップも、支えてくれる仲間も、信頼も、正義も、優しさも何もない。文字通り何もだ。徒党を組んで群れで脅威を遠ざけるような知恵も、独りで生きていけるような強かな知恵もない。ただ弱さが、弱さだけがそこにはあった。私には本当にそれしかなかった。私はそのことを妬ましいと思ったり、僻んだりしたことが無いわけではない。だが、そんなことをしても仕方がなかった。だから、私はそれと対峙するしかなかった。私はそれを受け入れたわけではない。……今も葛藤の中にいる。今でも私の身に痛いほどこびりついて離れない」
「私は自身の弱さによって多くのものを失った。それらは残念ながら二度と戻ってはこない。私はどうしてもそのことが頭から離れない。何かの悪い夢のようだ。そう、ワルイユメ……。しかし、いくら祈れど願えど現実は変わらなかった。いっそ狂えたらどんなに良かったことだろう。しかし、私にはそれが許されなかった。何故なんだろうか……。吐き気がするほど惨めで虚しい現実。私は決して強くなった訳ではない。あの時と変わらず弱いままだ。弱さは罪だ。どうしようもないほどに。弱さ……それは私の唯一の武器だった」
「強さとは力ではない。強さとは優しさではない。強さとは仲間を想う気持ちではない。強さとは正義を貫くことではない。強さとは勇気を持つことではない。強さとは弱さそのものだった」
「……もう一度だけ問おう。強さとは何だ? お前の強さが、その身を貫く刃となる前に」




