プロローグ 「黄色い風船」
記録。
二月、高校はいつも通りの通常授業。
寒いこと以外、とても平凡な日であっただろう。
慶高高校の高校一年生、早乙女 嶺。
彼は、下校の際に変な奴に絡まれたと、私に話しかけた。
私は、通学ルートまたは手段の変更を推奨した。
すると彼は「人との会話は、そうストレートに言うものじゃない」と笑いながら言った。
では、どのようにすれば良いのでしょうかと尋ねると、どんな事があったかなど、話を聞き出したがら会話をつくるんだと言った。
なので、私は彼の話を聞くことにした。
雪が降り、とても気温が低かった。
学校から家までの時間は一五分程だったので、風邪を引かないためにも早く帰ろうと、手を震わせながら少しだけ早足で歩いていた。
いつもと時間帯が違ったせいか、子どもが多かった。
歩道橋まで来ると、泣いている女の子がいた。
母親もそわそわしていたので、気まぐれで話しかけた。
「どうかしましたか?」
「風船が飛んでいってしまって」
目線の先を見てみると、歩道橋の裏に、黄色の風船があった。
(ちょっとかっこいいとこ見せたいな)
何を狂ったのか、彼は届くかもわからない風船を取ると言ってしまった。
彼がちょうど風船の真上まで来て下を覗くと、紐が微かに垂れているのが見えた。
リュックを下ろし、鉄格子の間から腕を伸ばすと、一瞬だけ紐が掠ったのを感じた。
(もうちょっとか?もう少し入れるか)
肩がミシミシと音を立てながらも、届きそうだったので、鉄格子を左手で広げながらさらに手を伸ばした。
「取った」
指先に紐が引っかかり、それを彼は引っ張った。
無事取れたので、彼は下にいる女の子に渡した。
「ちゃんと掴んでるんだよ」
「うん。ありがとう」
母親は彼に感謝し、その場を後にした。
見送ると彼は「チッチッチッ」と、先程の善行からは想像出来ないような舌打ちをした。
(くそが、手寒いんだよ。ていうかあのお母さんの方が腕細いだろ。次会ったらぶっ○......)
彼は、基準値よりも性格が悪いのであった。
彼は、先程リュックを置いた場所に戻り、とっとと帰ろうとした。
すると、自分のリュックの前に、同じ学校の制服の女子が佇んでいた。
「......なんの用ですか?」
気だるい気持ちを隠せず、そんな口調で話しかけた。
「あなた、私と同じ高校の方ですね。先程の一部始終、見ておりました」
彼の心境はこうである。
なんだこの人。でも女子から話しかけてもらうの少しだけ嬉しい。でも顔怖。見てたのって舌打ち?そんな......人助けして怒られるとかある?俺悪いの?
私の予想である。
彼はもう帰りたかったが、リュックがあるせいで帰ることが出来なかった。
「本当になんですか」
「次の生徒会選挙、立候補してください」
「はぁ?」
「あなたのような、人助けを率先して出来る人間が、今の学校には必要です」
「嫌だよ。いい事ないし」
「では、なぜ先程の少女を助けたのですか」
「気分だよ。たまたま通り道だったし、女の子が泣いてるのが気分良くなかったんだよ」
「......ロリコン?」
「お前......何言ってるの?」
「私は、あなたがロリコンだとしても、人助けの出来る人間に値すると判断しました。お名前は?」
「自分から名乗るのがマナーでしょ」
「私の名前は西園寺......」
「あ、後ろ!」
「えっ?」
「隙ありっ!」
彼は、超演技派だった。
まるで、命に危険があるような咄嗟の声で、彼女を騙したのだ。
そのまま、彼女が振り向いたところでリュックを手に持ち、そのまま走り抜けた。
「あ、こらっ、待ちなさい!」
「......」
「あっ!」
ドテッ。
彼女が倒れた振動が、歩道橋に伝わる。
「ちっ、こけるような走り方すんな」
仕方なく戻り、手を貸した。
「ほら、すぐ戻ってきました。なんで誘いを断るのですか」
「ろくな事ないからだよ。今みたいに」
「でも、あなたがいれば......」
「黙れ黙れ。ほら、これで膝拭いとけ」
「ありがとう......」
彼女は、ハンカチをそっと受け取りパッパッと膝を払った。
「早くハンカチ返せ」
「あなたが生徒会に入ってくれれば考えます」
「はぁ?窃盗だろ」
「あなたは一人の少女を転ばせました。責任を取りなさい」
「嫌だね。これだから女は嫌いだ。それやるから二度と話しかけんな」
彼はそのまま尻尾を巻いて、家まで帰ってきたのだ。
「......話し合いを推奨します」
「えぇ」
「損害が発生しています。ハンカチを取り返す事を推奨します」
「ハンカチくらいいいよ。アカウントへのアクセスを許可。ハンカチ同じの買っておいて」
「目標金額からニ○三円減ってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「貯まったの?」
「はい」
「じゃあ、計画しておいたパーツ買っておいて。君が優先」
「プログラムでは、貴方を優先しています」
「ちょっと待って」
そう言って、彼は私のパイソンを書き換えた。
「本当によろしいのでしょうか?」
「うん」
「もう、そこまでして私といたいのですか?」
「あぁん?」
「嬉しいです」
「......」
「嬉しいです」
「わかったから」
「承りました」
次の日。
〜西園寺 ?〜
昨日、危ないながらにも人助けをしている人を見つけた。
生徒会書記である私から見れば、今の学校は随分と善良な心がない。
中高一貫だが、中学校にいた頃の方がずっと良かった。
高校になって、ボランティアへの参加もあるというのに、毎回ごく僅かな人数しか集まらない。
社会に貢献できる、見本のような人間が必要だ。
そして昨日、そのような人間を見つけた。
しかし、彼は頑固に断った。
ハンカチにも名前は書いていなかった。
彼を探すのに時間を使いすぎるのは良くない。
私は、別の人間に狙いを定めた。
成績学年一位の者。早乙女 嶺だ。
彼女を誘えば、その頭脳をもって円滑に生徒会を進めることが出来る。
そう思い、先生に彼女のクラスを聞き、放課後そのクラスへと向かった。
「失礼します。西園寺と申します。早乙女 嶺さん、いらっしゃいますか?」
知っているかもと思い、一番近くにいた女子に声をかけた。
「え、嶺さん?あの人に他クラスの女子と関わりあったんだ。どうしたの?」
「二人きりでお話をしたくお伺いました」
「えぇ!?嶺さーん!お客様ですよー!」
早乙女 嶺。一体どんなお方......。
「えー。何......」
死角から、男の人の声がした。
「あぁん?なんだお前。名前教えてないぞ」
「え。あなたが早乙女 嶺!?」
呼ばれて来たのは、昨日の男だった。
「あれぇ?」
「早乙女 嶺は、女ではなく男?」
「あははは!女の子と間違えたのっ、あはははは、いたっ」
「笑いすぎだ」
早乙女 嶺は、その女子の頭を叩いた。
「間違いならとっとと帰ってくれ」
「待ってください。ハンカチをお返しします」
「......なんで来た」
「学年一位の方を誘おうと思ったのです。むしろ好都合。生徒会に入ってください」
「嫌だよ」
「なんでですか!?自分の才能を、人のために使おうと思わないんですか?」
「それならこいつでいいだろ。滝沢優子、なかなか出来るやつだぞ」
「あなたはどうするんですか」
「俺に相応しい女になってから誘え」
「プロポーズ!?」
「黙れ」
早乙女 嶺と滝沢さんの漫才が展開されている。
この二人、仲が良いのかもしれない。
滝沢さんを誘えば、この男も......。
「滝沢さん。生徒会に入りませんか?」
「えぇー」
「どうか......」
「まぁいいよ?暇だし」
「ありがとう、滝沢さん」
滝沢さんは堕とした。次はこの男。
「ほら、早乙女 嶺。あなたも」
「いやだねー。わー」
「わー」
この二人、実は馬鹿なの?
こんな男が、学校のトップ?
もうおしまいよ。
そして、私も。仲間も集められないなんて、西園寺の恥だわ。
「ぅ......」
(な、泣いたー!嶺さん、これどうするんですか)
(知るか。逃げるぞ)
(でも......)
(これは大丈夫なやつだ)
(アイアイサー)
「もう、こんな私なんて......。お家に顔も出せないわ。もう死ぬしか......」
「嶺さーーん!!」
「馬鹿言うなっ!くそっ。立候補すればいいんだろ?」
「......っ、いいのですか?」
「どうせ落ちるし、立候補するだけだからな」
「わかりました。ありがとう」
クックック。堕とした。とうとうこの男を!
「では、――」
〜
三月初め、選挙の日。
(なぁっ......!そんなことを、こんな公の場で)
彼は、受からないよう精一杯の努力をした。
そして、なるべく受かりづらいよう、最も難しい生徒会長に立候補していた。
彼の合格は、あまりにも絶望的であった。
滝沢は書記に立候補した。
馬鹿を全開にして話していたという。
西園寺は、副会長に立候補した。
動揺を隠しながら、的確に話した。
自分の番が終わると、真っ先に早乙女 嶺に向かい、顔を赤らめ怒ったという。
二人は、勝ち誇った顔をした。
二人の内滝沢は、受かった!という顔だ。
早乙女 嶺は、これで落ちる!勝った!と、私に自慢した。
週末。
選挙の結果が出た。
早乙女 嶺は、受からないと確信し、自ら見に行くことはなかった。
もう西園寺と会わなくて済む。きっと諦めてくれるだろう。そう考えていた。
「嶺さーん!会長おめでとうございまーす!」
「......はあ!?」
「一時はどうなるかと焦りましたが、私の勝ちですね」
「この学校終わりだろ!!」
彼は、会長になった。




