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カラッポな器

作者: 雪月なお汰
掲載日:2025/11/08

皆さんは「カラッポの器」と聞き何を連想しますか?

飲み干したコップ・食べた後の茶碗・何も生けられていない花瓶、人間の寛容性(心の広さ)を思い浮かぶ人もいる事でしょう。


今回は人が生きてきた証、何を見て何を聞いて何を体験し経験してきたか…。

その結果その人間に何が蓄積されていったのか、それを物語を提供します。


人が物心につくのは大体3歳から5歳くらいからと言われ、その早い時期から楽しい事や嬉しい事・辛い事・悲しい事、そんな喜怒哀楽な出来事を何年何十年と自分の中にある『器』に入れていく、それが人の中にあるもう1つの器だと思う。

それは花瓶と一緒。

花を生ければ綺麗に鮮やかに・水のみの場合は哀しく・濁った水や枯れた花がそのままであった時はどんよりな気持ちに、花も水も何も無い花瓶の場合は…。

それらが繰り返されていく内にその人の器自体も柄が入り綺麗になっていったり、水アカがつき汚れていったり割れて補修されたりしていく。


ただ中には生けても入れても変わらない器も存在する。

いわゆる『無』というやつだ。

勿論最初から「無」な人間はいる訳なく、人生によって変化していく。

カラッポの器には特徴がある。

それは自分の人生での出来事を生ける事はせず、見て聞いたコンテンツを自身の人生に見繕って生ける・入れる特性を持っている。


かくゆう私の中の器にも何も無い、カラッポだ。

私の場合は楽しかった泣けた笑ったアニメやゲーム、その作品の場面場面をまるで写真の様に切り取り器にいれる。

そしてその器に足りないものをコンテンツから探し自分に置き換えていれる、『まるで自分の人生はこんなにも鮮やかで華やかで楽しい満喫人生』であるかの様に見せる為に。

大抵の人は思うでしょう、なぜ自分の人生のイロハを器に入れないのか。


私が思うに「コンテンツ」で自分の器を埋める人間の過去は決して良いものでは無い。

言ってしまえば自分を守る為、防衛本能だ。


耐え難い経験を数え切れない程してきた人間の器、それは割れる寸前でテープで何とか形を保ってるだけの入れ物に過ぎない。

良い出来事の負荷より悪い出来事の負荷の方が器へのダメージは大きい、だからいつ心壊するか分からない器を守る為にダメージが少ない良い出来事を無理やりコンテンツから探し入れ様とする。


『無いから探す、無いからつくる、それを自分にする。』


生きていく過程の中で自然と上手く器の中身や器自体を調整出来る人、もし生け方が不得手な人を見つけたら生け方を教えてあげてほしい。

「生きていていいんだよ、ここにいていいんだよ。」

そして何より誰かに「認めてもらいたい」、ただそれだけで救われます。それだけを望んでいます。


生け方を教えられた人はまた別の不得手な人に生け方を教えていくと思います。

器に何を生けるかはその人次第ではあるけど、剪定の仕方は周りも伝える事が出来ます。


いきなり沢山を生ける事はしなくてもさせなくてもいい、たった1本でも素敵な「〇〇」を生けれれば、その器はカラッポじゃなくなるから。

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― 新着の感想 ―
成熟した感性ですね。私もカラッポな器に何かを生けてみたいと思いました。
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