第9話 変わる印象
週の後半、少人数のゼミ形式の授業が始まった。
テーマは「近代国家と公共性」──20人ほどの学生が円卓に座り、資料を前にディスカッションを行う。
まだ初回のせいか、全体は少し硬い雰囲気だった。
課題は「国家による介入は、個人の自由をどこまで制限できるか」。
資料として渡されたのは、ジョン・ロールズとノージックの基本理論。
教授は一人ずつに問いを投げながら、議論を促していく。
一巡してから、私にも順番が回ってきた。
「篠原さん、あなたはどう考えますか?」
少しだけ間を置いて、私は口を開いた。
「“自由”という言葉が抽象的すぎる場合、その枠組み自体を疑う必要があると思います。たとえばノージックの自由至上主義は、それが成り立つ“背景”があまりにも理想的に整いすぎているのではないでしょうか」
静まり返る教室。
数人が、思わずノートに何かを書き込むのが見えた。
「現実の国家では、誰が“初期状態”を整えるか、という設計者不在の議論になってしまう。そこに、私は違和感があります」
教授が一瞬だけ目を細めた。
「……なるほど。よく読んでいますね。その視点は面白い」
発言が終わると、空気が変わった。
数人がそっと星羅の方を見る。
誰もが、“何か違う”と感じたようだった。
休憩のあと、隣に座っていた女子学生が、少しだけ話しかけてきた。
「篠原さんって、海外とかで勉強してたんですか?」
「いえ、まあ……似たようなところで少しだけ」
「すごいなあ。私、ロールズ読むのも一苦労で……」
「最初は誰でもそうだと思いますよ。英語の文献のほうが、実は読みやすかったりしますし」
そのやり取りのあと、話しかけられることが少しずつ増えていった。
“無言の距離”だったまわりの空気が、ほんの少しずつ、変わっていく。




