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転移先は日本でしたが、あまりにも楽しいのでスローライフを目指します!~従者(ヤンデレ)がついてきたので一緒に幸せになる~  作者: 雨宮 叶月
第3章

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第65話 安心

 私は講義を終えて、図書館に寄った帰りだった。参考書とノートを抱え、校舎の渡り廊下を歩く。


 そのとき――背後から甲高い声が響いた。


「ねえ、篠原さん」


 振り返ると、鮮やかなワンピースを揺らしながら歩いてくる女子の姿があった。北村。自称社長令嬢を名乗り、つい先日も隼人さんにしつこく声をかけていた人だ。今日も取り巻きを二人従えていて、その足取りはまるで舞台に立つ女優のように堂々としている。


「……こんにちは」


 私は落ち着いた声で挨拶をした。けれど、彼女の目は鋭い。


「偶然ね。早乙女さんは一緒じゃないの?」


「今日は別行動です」


 正直に答えると、彼女の唇が小さく歪んだ。勝ち誇ったようなその表情に、胸の奥が少しざわつく。


「ふぅん。あの人って、本当にあなたみたいな子に興味があるのかしら? 私にはとてもそうは思えないのよね」


 取り巻きたちが小さく笑う。その声音は、表面的には楽しげなのに、棘を含んでいる。


「……それは、あなたの自由な解釈です」


 私は短く返し、歩みを進めようとした。けれど北村さんは前に回り込み、私の行く手を塞ぐ。


「まあ、そんなに睨まないで。ちょっとした“忠告”よ」


 そう言って彼女はわざとらしくバッグを揺らし、中からハンカチを取り出した。白地にブランドのロゴが刺繍されているそれを、わざと私の腕にぶつけるようにして落とした。


「あら、ごめんなさい。拾ってくれる?」


 取り巻きがくすくすと笑う。些細なこと。ほんの小さな嫌がらせ。けれど、わざとであることは明らかだった。


 私はしゃがみ込み、落ちたハンカチを拾い上げて手渡した。


「どうぞ」


 短く言うと、北村は満足げに微笑んだ。


「ありがとう。あなた、案外素直ね」


 背筋を伸ばし、私にわざとぶつかる。参考書が手から落ちた。

そしてそのまま立ち去っていく。取り巻きが小声で「つまんない」と囁くのが耳に残った。


 ――深呼吸。胸の奥に小さな棘が残ったようで、心がざわついている。たいしたことじゃない。だけど、わざわざ人を傷つけようとする態度に、どうしても胸が苦しくなる。


(大丈夫。私は……大丈夫)


 自分に言い聞かせながら、重い足を引きずるようにマンションへ戻った。


 ◇


 鍵を回すと、部屋の中から柔らかな灯りが漏れていた。リビングに入ると、そこに隼人さんの姿があった。ジャケットを脱いでシャツの袖をまくり、キッチンに立っている。


「おかえりなさい、星羅さん」


 穏やかな声。その瞬間、胸に張り詰めていたものが解け、足が自然に彼の方へ向かっていた。


「……隼人さん」


 気づけば、手を伸ばして抱きついていた。彼の胸に顔を埋め、腕に力を込める。隼人さんは驚いた様子もなく、すぐに片腕で私を抱き寄せた。


「どうしましたか?」


 低く落ち着いた声が頭上から降ってくる。その声だけで、涙がにじみそうになる。


「……少し、疲れただけです」


 正直に全部を話す気にはなれなかった。けれど、彼の温もりに触れているだけで心が落ち着いていく。


 隼人さんの手が、背中をゆっくりと撫でる。


「……大丈夫ですよ。俺に任せてください」


 その一言に、胸の奥がじんと熱くなる。私は顔を上げ、彼を見つめた。穏やかな眼差し。私の不安をすべて受け止めてくれるような光。


「……隼人さんがいるから、何でもできるような強い気持ちでいられるんです」


 口からこぼれた本音に、自分でも驚いた。けれど、それが紛れもない真実だった。


 隼人さんはわずかに目を細め、唇の端を柔らかく上げる。


「その言葉を聞けて嬉しいです。なら、これからもずうっと隣にいて、力になります」


 真っ直ぐな宣言。胸が高鳴り、頬が熱を帯びる。


「……ありがとうございます」


 小さく囁くと、彼は私をもう一度しっかりと抱き寄せた。その腕の力強さに、心が安らいでいく。


 ◇


 夜。ソファに並んで座り、隼人さんが用意してくれた温かなスープを口にする。優しい味が、心にも染み渡る。


 昼間のざわつきは、もう遠い記憶のように感じられた。


 ――隼人さんがいる。だから、私は大丈夫。


 そう思えることが、今の私にとって何よりの力だった。

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