第62話 映画
週末の午後。空は晴れていて、街の空気には少しだけ夏の名残が漂っていた。私は朝日ちゃんと一緒に選んだ新しいワンピースを身にまとい、待ち合わせ場所に向かって歩いていた。鏡の前で何度も確認したその服は、爽やかな色合いで、普段の私より少しだけ大人びて見える気がする。胸の奥が、そわそわと落ち着かない。
映画館の前に立っていた隼人さんは、いつものように端正なスーツ姿……ではなく、今日はカジュアルなシャツに落ち着いた色のジャケットを羽織っていた。髪も少し柔らかく整えられていて、いつもより親しみやすく見える。私の姿を見つけると、静かに目を細めて微笑んでくれた。
「……よく似合っています。とても素敵ですよ、星羅さん」
その穏やかな声に、少し頬が熱くなる。
「ありがとうございます。」
さらりと褒めるその言葉は、いつも通り落ち着いているのに、なぜか心臓を跳ねさせる。私は自然と微笑み返し、二人並んで館内に入った。
今日観るのはホラー映画。普通なら悲鳴が上がるような選択かもしれないけれど、私は昔からこの手の映画が好きだった。隼人さんは「問題ありません」と淡々と答えていたけれど、どんな反応をするのか少し楽しみだった。
暗い劇場に座り、照明が落ちる。心地よい緊張が走る。スクリーンに不気味な音と映像が広がり、観客席から小さな悲鳴が漏れる。だが、私はむしろわくわくしていた。隼人さんの横顔をそっと盗み見ると、眉ひとつ動かさず静かに画面を見つめている。その落ち着きに思わず笑みがこぼれる。
(やっぱり……隼人さんも怖がらないんだ)
どちらかといえば、驚いて肩を震わせている観客たちの方が気になってしまうくらいだ。物語が進むほどに緊迫した展開が続き、私は前のめりになるように夢中で楽しんだ。隼人さんは私の様子をちらりと見て、ほんの少し柔らかく目元を緩めているようだった。
やがて映画が終わり、館内の明かりが戻る。周囲からは安堵の笑いや「怖かった……」という声があがっている。私はすっかり満足して、大きく息を吐いた。
「面白かった……!」
思わず口にすると、隼人さんは少しだけ首を傾げた。
「俺と一緒でも、退屈ではありませんでしたか?」
その問いかけはあまりにも真剣で、思わず笑ってしまいそうになる。けれど、私はふっと唇を上げて自慢げに笑った。
「好きな人と一緒にいると、何をしても楽しいんです。だから、今日もとても楽しかったです」
自分で言いながら少し照れくさかったけれど、嘘偽りのない気持ちだった。隼人さんはその言葉を受けて、短く息を呑む。そして、ゆっくりと柔らかく笑みを浮かべた。その笑顔はいつもよりも温かく、心にじんわりと広がっていく。
「……そう言っていただけて、嬉しいです。また一緒に行きましょうね」
「はい。ぜひ」
映画館を出ると、夕暮れの街が赤く染まっていた。人混みの中を並んで歩く私たちは、自然と肩が触れる距離にいた。普段より少しだけ軽やかな気持ちで、私は隼人さんの横顔を見上げる。彼の目は前を見据えていたが、その穏やかな横顔は確かに私の隣にあった。
(こんな時間が、ずっと続けばいいのに)
そう思った瞬間、隼人さんがさりげなく私の手に触れた。
胸がどくんと高鳴り、彼の隣に歩調を合わせた。赤く染まる空の下、私たちの影は一つに重なり、伸びていた。




