第61話 買い物
週末の街は、夏の陽射しに包まれていた。駅前のショッピングモールには多くの人が行き交い、ガラス張りの外観がきらきらと輝いている。私は少し緊張しながら、その入り口に立っていた。
「お待たせ、星羅ちゃん!」
明るい声に振り返ると、そこには朝日ちゃんが手を振っていた。淡いブルーのワンピースに白のカーディガン。夏らしい装いで、笑顔がとても眩しい。
「……ありがとう、私なんかを誘ってくれて」
「何それ! 星羅ちゃんだから誘ったんだよ。はい、行こ!」
そう言って、彼女は私の手を引いた。自然体の優しさに心がほぐれていく。
中に入ると、冷房の涼しさと同時に、甘い香りや華やかな音楽が迎えてくれた。色とりどりの洋服が並ぶフロアに、私は少し圧倒される。
「ここ、前から気になってたんだ。今日は星羅ちゃんをもっと綺麗にする日だからね」
朝日ちゃんが宣言する。その言葉に胸が温かくなる反面、どこか落ち着かない気持ちもあった。
(……素敵に、って。私はただの平凡な学生なのに)
そう思ってしまうのは、きっとあの日の出来事が胸に残っているからだ。社長令嬢を名乗る女性に罵られ、突き飛ばされ、声も出せずに立ち尽くした。自分の弱さが嫌になる。
だけど、朝日ちゃんはそんな私を否定するように微笑む。
「ね、これとかどう?」
差し出されたのは、シンプルだけどシルエットが綺麗なワンピース。ホワイトに淡いシルバーがかかっていて、控えめなのに上品だ。
「わ、可愛い……でも、私には似合わないよ」
「そんなことないって! 星羅ちゃんはスタイルいいんだから。ちょっと大人っぽいの着たら絶対映えるよ」
そう言って背中を押され、試着室に入れられる。鏡の前で着替えて、恐る恐るカーテンを開けると――
「うわぁ……やっぱり!」
朝日ちゃんの目が輝いた。
「めっちゃ似合ってる! モデルさんってくらい!!」
「え、えぇ?……そんな大げさな……でもありがとう」
頬が熱くなる。けれど彼女の真っ直ぐな目に嘘はない。鏡を見ると、たしかにいつもの私とは違って見えた。背筋が伸び、少しだけ自信が湧いてくる。
「じゃあ、次はあのお店に行こう!」
その後も彼女は私を連れ回した。一つ一つ選ぶたびに「これが星羅ちゃんの良さを引き出すよ」なんて言ってくれる。
私は嬉しくて、でも恥ずかしくて、終始照れ笑いを浮かべていた。
□
買い物を終えたあと、二人でカフェに入った。ガラス張りの窓際の席に座り、それぞれフラペチーノを手にする。私は抹茶、朝日ちゃんはストロベリー。
「歩き回った後の甘いのは最高だね。」
ストローで吸いながら笑う朝日ちゃん。その元気さに釣られて、私も口をつけた。冷たい甘さが喉を通り抜け、少し緊張が和らぐ。
「ねぇ、今日どうだった?」
「……すごく楽しかった。こんなに服を見たの初めてで……それに、私でも着ていいんだって、思えた」
本音を言うと、朝日ちゃんはにっこりと笑った。
「うん、そう思ってほしかったんだ」
「……え?」
不思議そうに見返すと、彼女は少しだけ真剣な顔になった。
「この前のこと、すごく悔しかったの。星羅ちゃんが理不尽に傷つけられて……」
胸がぎゅっとなる。思い出したくない場面を、彼女は優しく、でもしっかりと口にする。
「だからね、私は思ったの。あの人よりも、ずっとずっと星羅ちゃんの方が素敵だって。自分でそれを信じられるようになってほしいって」
フラペチーノのカップを握る手が、少し震えた。
「……朝日ちゃん」
「私はね、友達だからこそ、星羅ちゃんに自信を持ってほしいの。誰かに何を言われても胸を張ってほしいの」
その言葉は真っ直ぐで、胸に温かく響いた。思わず涙が滲みそうになる。
「……ありがとう。私、少しずつでも、そうなりたい」
「うん!」
笑い合って、カップをカチンと合わせる。小さな乾杯みたいに。
私はもう一度フラペチーノに口をつけた。
甘さが胸に広がり、心に小さな勇気をくれる。
(私も……変わらなくちゃ)
強くそう思いながら、私は笑った。




