第57話 対面
大学の正門をくぐった瞬間から、私は周囲の視線を意識していた。春の陽射しはやわらかくて、木々の緑も鮮やかに揺れているのに、どうしてだろう。空気が少しざわついている気がする。
横を歩く隼人さんは、相変わらず落ち着いた雰囲気だった。長身で整った顔立ちに、涼しげな目元。シンプルなシャツとジャケットだけなのに、まるで雑誌のモデルみたいに見える。そんな人と並んで歩いていることが、夢みたいで――でも、現実なのだ。
「星羅さん」
「はい」
「足元、段差がありますよ」
ふいに差し出された手に、私は少しだけためらってから、自分の手を重ねた。すると、彼は当然のようにそのまま握り締める。大学の正門を入ったばかりの場所で、こんなふうに。
周囲の学生たちが、驚いたようにこちらを見ているのが分かった。小声で「ねえ見た?」「手つないでる……」なんて囁きが聞こえてきて、顔が熱くなる。
私は思わず視線を落とし、彼に引かれるまま講義室へと歩いた。
――どうして、こんなに堂々としていられるんだろう。
私は「高嶺の花」なんて言われることがある。背が高く、顔立ちが整っているから。でもそれはただの外見で、実際は誰かに強く求められるわけではない。近づきにくい、声をかけづらい、そういう壁のような存在だった。だからこそ、隼人さんのような人が私の隣にいると、余計に周囲の目が集まる。
廊下を歩いているときも、講義室に入ったときも、何人もの視線が私たちを追ってきた。
そして、昼休み。
「星羅さん、一緒に食べましょう」
「……はい」
キャンパスの芝生広場。ベンチに座ると、隼人さんが手早くお弁当の袋を開けて、私におにぎりを差し出した。まるで当たり前のように。
「今日は鮭にしました」
「…!ありがとうございます」
そのやり取りを、近くにいた女子たちがじっと見ていた。三人組。ちらちらとこちらをうかがい、何か言いたげにひそひそ声を交わしている。
――いやな予感。
するとそのうちの一人が、思い切ったようにこちらへ歩み寄ってきた。
「あの……少し、いいですか?」
私に向けられた声。
「はい……?」
「えっと……その、早乙女さんと、どういう関係なんですか?」
背後から「そうそう、気になってたの!」ともう二人が追いついてきて、私を取り囲むように立つ。彼女たちの視線は真剣で、少し刺すようだった。
「いつも一緒にいるみたいだから……」
「まさかとは思うけど、本当に、恋人とかじゃないですよね?」
私は言葉に詰まった。嘘はつけない。けれど、簡単に口にしていいのか――。
そのとき。
「恋人です」
低く、はっきりとした声が背中から届いた。振り返ると、隼人さんが立ち上がっていて、私の背中にすっと手を回す。
「俺と星羅さんは、恋人同士です」
一瞬、女子たちの目が大きく見開かれた。信じられない、という表情がはっきり浮かぶ。
「……そんな、嘘ですよね」
「早乙女さんが、こんな……」
「ありえないです!」
次々と投げかけられる言葉に、胸が苦しくなった。否定されているのは、まるで私自身の存在のようで。けれど隼人さんは微動だにしなかった。
「嘘じゃありません。俺は彼女しか見ていません」
きっぱりと断言する声に、女子たちが言葉を失う。彼はさらに、私を抱き寄せる腕に力を込めた。
「時間を邪魔されるのは、不快です」
淡々とした口調なのに、背筋がぞくりとするような冷たさを含んでいる。三人は小さく声をあげ、押し黙ってしまった。
私は慌てて彼の腕を軽く叩き、小声で囁く。
「隼人さん……怖がらせてます」
「構いません。俺の気持ちは揺るがないので」
その顔は笑っていた。けれど、笑顔の奥には独占欲が光っていて――見ているだけで息が詰まりそうだった。
結局、女子たちは何も言えなくなり、足早に去っていった。残された私たちの周囲には、ざわざわとした空気だけが漂っている。
私は思わず深呼吸した。
「……隼人さん」
「はい」
「本当に、恋人って……」
「事実ですから」
即答だった。私が動揺しているのをよそに、彼は当たり前のように言う。
「星羅さんが不安なら、何度でも言います。俺はあなたの恋人です。あなたのすべてを、俺が独占します」
静かな声なのに、胸の奥まで響いて離れない。周囲のざわめきなんて、もう耳に入らなかった。
気づけば私は彼の胸に顔を埋めていた。抱きしめ返す腕の温かさに包まれて、心臓の高鳴りを落ち着ける。
――周りがどう思ってもいい。彼がここにいる、それだけで。
そう思えるほど、今の隼人さんは強く、そして優しかった。
「……ありがとうございます。嬉しいです。」
「ふふっ、俺も星羅さんと一緒にいれて嬉しいです。」
隼人さんが目を細めて笑った。




