第54話 時間
朝食を終えた後、私と隼人さんはリビングのソファに並んで座っていた。
カーテン越しの光が柔らかく部屋を照らし、食後の余韻を包み込んでいる。
「……ごちそうさまでした。ほんとに、すごく美味しかったです」
「そう言ってもらえると、救われます」
隼人さんは、私の手元に置いた空のマグカップを受け取り、テーブルに静かに置いた。すべての所作が丁寧で、どこか優雅ですらある。けれど私の隣に腰掛けるときは、不思議なほど自然で……距離が近い。
「隼人さんって……ずるいです」
「……ずるい?」
「朝から、こんなに優しくされたら……私、調子が狂います」
ぽつりと口にしてしまうと、彼は小さく笑った。その笑みは穏やかで、でもやっぱり奥に何かを秘めている。
「調子を狂わせたいんです。……俺以外考えられないように」
低い声で囁かれて、胸が熱くなる。まるで心臓を捕まれているように、息が詰まる。
私は視線をそらし、テーブルに置かれた雑誌を手に取った。ぱらぱらとページをめくる。おしゃれなカフェや季節のファッションが並んでいる。
隼人さんの影が近づいた。ページの上から、大きな手が覆う。
「行きましょう。いつでも。……でも、俺と一緒にだけですよ」
その声色に、思わず笑ってしまった。束縛にも聞こえるのに、愛おしくて。
「もちろんです。隼人さんと一緒じゃなきゃ、行きません」
そう答えると、彼の目がほんの少し揺れて、それから静かに細められた。次の瞬間、腕を回され、あっという間に彼の膝の上に抱き寄せられていた。
「ひゃっ……!」
「……こうしてると、落ち着くんです」
彼の片腕はしっかりと私の腰を抱き、もう片方の手は私の手を絡め取る。体温が、鼓動が、全部伝わってくる。
「星羅さん……愛してます。俺から離れないでください」
「……離れませんよ」
「口約束じゃなく、一生です」
真剣すぎる瞳が、怖いくらいにまっすぐだった。けれど、私はその視線を受け止めた。昨夜から今朝までを思い出し、そして今を思えば――もう逃げたいなんて思わない。
「……はい。一生です」
囁くと、彼はふっと笑って、私の髪に唇を落とした。その笑みは優しく、けれどどこか独占の色を宿していた。




