第53話 少しだけ豪華な朝食
――朝。
柔らかな陽射しがカーテンの隙間から差し込み、まぶたを温かく撫でていた。目を開けた瞬間、ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
(……いい匂い……?)
ベッドから身を起こし、まだ少し夢うつつのまま耳を澄ませる。キッチンから包丁がまな板を叩く音、フライパンに油がはねる音が微かに聞こえてきた。隼人さんが、料理をしている。
私はそっと寝室を抜け出し、リビングへ向かった。
「……おはようございます、星羅さん」
振り向いた隼人さんは、エプロン姿だった。白いシャツの袖をきっちりと捲り、髪も整えていて、どこかホテルのシェフのように見える。火加減を確かめながら微笑む彼の横顔に、思わず息を呑んだ。
「す、すごい匂い……」
「ちょっと頑張りました。昨夜は……少し、無理をさせましたから」
低い声でそう言い、照れくさそうに視線を落とす。けれど、その表情はどこか満ち足りていて、昨夜の独占的な彼とは少し違う柔らかさをまとっていた。
ダイニングのテーブルに目をやると、色とりどりの料理が並べられている。
黄金色に焼き上げられたオムレツ、鮮やかな野菜サラダ、ミネストローネの湯気、ハーブの香りが漂うパン、瑞々しい果物まで――まるでホテルのモーニングビュッフェのようだ。
「……これ、全部……」
「はい。お詫びの気持ちです」
さらりと告げる隼人さん。料理を並べ終えると、私を席へとエスコートするように椅子を引いてくれる。その仕草に胸が熱くなる。
フォークを手に取り、オムレツをひと口。ふわりととろける卵と、チーズのコクが広がって――思わず目を丸くした。
「……おいしい……っ」
言葉が自然にこぼれる。
隼人さんは、そんな私をじっと見つめていた。まるで子どもが大切に育てた花が咲いたのを喜ぶみたいに、幸せそうな眼差しで。
「良かった。……星羅さんが美味しそうに食べてくれるのを見るのが、何より嬉しいんです」
「そんな……でも、本当に美味しいです」
恥ずかしさに頬が熱を帯びる。それでも箸――いや、フォークは止まらない。サラダの野菜もシャキシャキで、スープも体に沁みるように優しい。
隼人さんは食べる手を止め、ただ私を見守っている。
「……隼人さんも、食べないと」
「ええ、もちろん。……でも先に、あなたの顔を見ていたくて」
その笑みは柔らかいのに、やはりどこか底知れぬ独占の色を孕んでいる。まるで「この時間も表情も、俺だけのものだ」と言いたげで。心臓がきゅっと締めつけられる。
それでも、不思議と嫌ではなかった。昨夜の強引さに続くこの朝食。まるで、彼なりの償いと愛情の表現。私は胸の奥に温かさを抱えたまま、パンをちぎって口に運んだ。
「……ほんとに、全部美味しいです」
そう告げると、隼人さんは安堵のように目を細めた。
「星羅さんが笑ってくれるなら、何度でも作りますよ」
私はフォークを進め続けるしかなかった。
豪華な朝食と、彼の笑顔。幸せに包まれるひとときに、心は静かに囚われていった。




