第45話 海②
夏の朝。
海に向かう車の窓から、陽射しがきらきらと差し込み、潮の匂いがほんのりと混ざった風が入り込む。
運転席の隼人さんは、相変わらず落ち着いた表情で前を見つめていた。助手席の私は、胸の奥が少しだけ高鳴っていた。
海岸に着くと、視界いっぱいに青が広がった。
白い砂浜、遠くで跳ねる波しぶき、そして何より潮の音が、胸の奥の緊張を少しずつほぐしていく。
「星羅ちゃん、こっちー!」
朝日ちゃんが手を振る。私はガウンをかけ、仲間と一緒に波打ち際へ走った。
冷たい波が足元を洗い、砂が指の間から逃げていく感触がくすぐったい。
少し沖の方では、隼人さんがフラッペを飲んでいた。女子だけで水をかけ合い、笑い声が混ざり合う。
ふと視線を感じて振り返ると、離れたパラソルの下から隼人さんがじっとこちらを見ていた。
日差しを受けた黒いサングラスが光り、その下の唇がかすかに弧を描いている。
——その笑みが、なんだか背筋に熱を走らせた。
昼食のあと、みんなで再び海へ向かった。
砂浜を歩いていると、不意に背後から腕を取られ、視界が陰に包まれる。
「……もう少し、近くで顔を見せてください」
低く落ちる声と、ふと触れる髪。
息を飲んだ瞬間、ほんのわずか、唇が触れるか触れないかの距離が訪れる。
次の波音で我に返ったとき、彼はもう何事もなかったように微笑んでいた。
「水着、似合っています。」
——二回目。
私は顔を赤くしながら戻った。
夕暮れが近づくと、海は金色に染まり、風もやわらかくなった。
砂浜に座って友達と話していると、隼人さんが隣に腰を下ろす。
何も言わず、視線をこちらへ向け、私の手を取る。そして、手の甲を指でなぞる。
そのわずかな触れ合いだけで、胸が痛いくらい高鳴る。
「……楽しかったですか」
「はい」
「良かったです。」
視線が前方に戻される。
窓の外では、夜の海が月を映していた。
私は胸の奥の熱を隠すように、そっと息を吸い込んだ。




