第44話 海①
夏の始まり、昼下がりの光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中を白く染めていた。
私が大学の課題を机でまとめていると、背後から隼人さんの声がした。
「星羅さん。そろそろ夏らしい場所へ行きませんか?」
椅子の背もたれ越しに振り返ると、彼は相変わらず柔らかい笑みを浮かべていた。
「夏らしい場所……?」
「はい。海なんて、どうです?」
思わず少し黙り込む。
海……いいかもしれない。でも、二人きりでは――ちょっと気まずいかも。
「……隼人さん、海に行くのはいいですけど、水着って……」
「もちろん、星羅さんの水着は俺の前でだけ見せてください」
即答だった。丁寧な口調なのに、妙に強い響きがあって、思わずまばたきする。
「えっと……それは……無理です」
「無理、ですか?」
「じゃあ、朝日ちゃんも一緒に。あと、大学の子も……元バイト先の人も。女子で!」
あえて一気に言った。こういうときは引くより先に、先手を打った方がいい。
隼人さんは一瞬だけ沈黙し、視線を少し伏せる。
「……七瀬さんや大学のお友達。なるほど。」
「人数も多い方が楽しいし…。」
私がそう言うと、隼人さんは小さく息をつき、微笑みを保ったまま頷いた。
「……わかりました。俺と一緒に楽しみましょうね。」
「……うん」
「水着は、俺と一緒に選びに行きましょう。似合うものを、直接見たいので」
□
休日のショッピングモール。館内の冷房が心地よく、外の熱気を忘れさせてくれる。
私たちはエスカレーターを上がり、水着売り場のフロアへ。
色とりどりの水着が並び、夏らしい音楽が小さく流れていた。
「黒はどうです?」
隼人さんが、迷いなく一着を手に取った。シンプルな黒のビキニに、青のガウンがセットになっている。
「黒……?」
「ええ。落ち着いた色は星羅さんの雰囲気に合います。それに……」
その言い方があまりにも自然で、私は試着室に向かった。
カーテンを閉め、鏡の中の自分を見る。黒い布地が肌を際立たせ、思った以上に大人っぽい。
「……どうでしょうか」
カーテンを少し開けると、隼人さんは即座に表情を和らげた。
「……似合います。間違いなく」
その声が、いつもより響く。
「でも……ちょっと、恥ずかしいです」
「なら、ガウンを羽織ればいいです。でも……俺の前では、なくても構いませんが」
結局、その黒い水着に決めた。
レジを終えて店を出ると、隼人さんはさりげなく私の荷物を持ち、軽く言った。
「これで準備は整いました。あとは当日を待つだけですね」
その横顔を見ながら、胸の奥が少しだけ高鳴った。




