第42話 番外編 荷物を取りに行く
「……本当に全部持っていくの?」
私の声が、車のドア越しに届く。
隼人さんは頷きながら、私のマンションの玄関前に立っていた。
久しぶりに訪れたはずなのに、なぜか懐かしい感覚はなかった。もう、ここでの生活は終わっている——そんな予感がしていたから。
「大きい家具はもう処分してあるから、衣類と生活用品だけ。あとは……本とか」
「本も全部持っていきます」
即答。
「え、でも重いし——」
「持っていきます。星羅さんが読んでたものは、全部俺も知りたいですし。」
さらっと言うくせに、言葉の端に抗いがたい支配欲が滲んでいる。
二人で部屋に入り、手早く荷造りを始めた。
隼人さんはほとんど喋らない。ただ黙々と箱詰めしていくその背中は、頼もしくもあり、どこか怖さも感じさせる。
——怖い、というより、もう後戻りできない予感。
「これもいりますか?」
クローゼットから出てきたのは、もとからあった小さな犬のぬいぐるみ。
「……一応、いる」
「そっか」
そう言って隼人さんは、それをやわらかく箱に入れた。乱暴ではなく、まるで壊れ物を扱うように。
荷物を運び出すたび、部屋が少しずつ空っぽになっていく。
段ボールを運び終え、最後に部屋の中を見渡す。
窓から差し込む午後の光が、がらんとしたリビングを照らしていた。
まるで誰も住んだことがないようだ。
「……ありがとう」
小さく呟く。
「……行きましょうか」
隼人さんが優しく手を引く。
この部屋は、隼人さんには解約を勧められた。でも、愛着感があるし、なんだか、残しておきたかった。
家賃は自分で払うから、と言うと、隼人さんは「星羅さんは気にしないでください」と言って、私の意見を尊重してくれた。
この部屋に家具はほとんどないけれど、いつでも戻ることができる。
車に乗ると、隼人さんがさらりと口を開いた。
「同棲ですね」
耳まで熱くなるのを感じながらも、否定の言葉は出なかった。
——だって、本当にそうなのだから。
帰りの車の中。
私は助手席に座る。
隼人さんは運転席で無表情のまま前を見据えていたが、赤信号で止まった瞬間、ふいにこちらを見てやわらかく笑う。
隼人の家に着き、荷物をリビングに置く。
私が「片付け大変だね」と言うと、隼人さんは答えた。
「良いんですよ、ゆっくりで。——ずっと一緒にいるんだから」
その声はあまりにも自然だった。
心臓の鼓動が、自分のものじゃないみたいに早くなる。
これはただの同居じゃない。
もう、完全に——。




