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転移先は日本でしたが、あまりにも楽しいのでスローライフを目指します!~従者(ヤンデレ)がついてきたので一緒に幸せになる~  作者: 雨宮 叶月
第2章

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第40話 大学復帰

朝の空気は少しだけ湿っていて、夏の気配を纏いながら私の頬を撫でた。


 窓の外には、青く澄んだ空。蝉の声が、遠くでかすかに響いている。


 私はその音を聞きながら、そっとページをめくる。手元には大学の参考書――あの頃から、ほとんど開くことができなかった本たち。


 でも今は違う。


 もう一度、学びたい。戻りたいと思っている。


「……大学、行きたいな」


 呟いたその言葉は、自分でも驚くほど自然だった。


 いつからか。彼と過ごす毎日は穏やかで、優しくて。逃げたいと思っていた“世界”は、少しずつ私の中で色を変えていた。


 けれど、それでも足りなかった。


 ただ守られるだけじゃ、私は変われない。


 そう思っていた。


 その日の夕方。


 キッチンで隼人さんが料理をしている。その姿も見慣れてきてしまった自分に、少し笑ってしまう。


「隼人さん」 


 背中越しに声をかけると、彼は手を止め、優しく振り返った。


「はい。星羅さん、どうかしましたか?」


 私は、胸の前でぎゅっと指を組んで、一度だけ深く息を吸った。


「……大学に、戻りたいんです」


 瞳が、一瞬だけ揺れた。


「……大学、ですか」


「はい」


 小さく頷くと、彼はゆっくりと火を止め、鍋から手を離した。


「……今のままじゃ、だめですか?」


「だめじゃないです。でも、これじゃ――私、隼人さんの隣に、立てない気がして」


 彼の目が、ふと鋭くなった。


「……隣?」


「隼人さんは、会社の社長で、すごい人で。ファンもいっぱいいて……。そんな人の隣に、ただ“守られてるだけの女の子”じゃ、ダメだって思ったんです」


 目を伏せると、心臓が早鐘のように鳴っていた。


「ちゃんと、話せるようになりたい。あなたの世界のことも、仕事のことも、夢も、悩みも、全部。分かりたいんです」


 私の声は、震えていたかもしれない。


 けれど、それが本心だった。


 隼人さんのことが好きだから。もっと知りたい、隣にいたい。だから、今の私じゃだめなんだ。


 隼人さんはしばらく無言だった。


 静かな時間だけが流れる。


 やがて、低く、静かな声が返ってきた。


「……星羅さん」


「はい」


「危険なんですよ」


「え?」


「あなたを狙ってる人たちは、まだ消えていません。外に出ること自体、リスクがあります。大学に通うなんて、余計に――」


「でも、私は……朝日ちゃんとも、話したいことがあるし、ちゃんと、自分のことを見つめ直したいんです」


 彼の言葉を遮って、私は必死に訴える。


「いつまでもこのままじゃ、ダメだって思うんです。そして何より、私が、隼人さんの隣に立ちたい」


 その言葉に、隼人さんはふと目を伏せ、息を吐いた。


「……そうですか」


 それは、拒否でもなく、賛成でもなかった。


 


「星羅さん」


「……はい」


「俺の隣に立ちたいと思ってくれたこと、嬉しかったです。本当に」


 目が合う。


 その瞳は、どこまでも優しくて、そして――少しだけ寂しそうだった。


「でもね、俺は……守りたいんです、あなたを」


「……」


「過保護かもしれない。でも、それくらいのことをしたって、全然足りないって思ってる」


 彼はそっと近づいて、私の手をとった。


「それでも行くというなら、条件があります」


「条件……?」





「俺に、星羅さんの手料理を作ってください」



「……そんなことでいいんですか?」


 私は、迷わず頷いた。





 その空気が、ほんの少しだけ、未来を感じさせた気がした。


 



 そして数日後。


 私は、久しぶりに大学のキャンパスを踏んでいた。


 まだ夏休み期間中だけど、図書館や一部の講義室は開いていて、そこに通う学生もちらほらいる。


 その中に――懐かしい声がした。


「……星羅ちゃん?」


 振り返ると、そこに朝日ちゃんが立っていた。


「やっぱり……! 星羅ちゃんだ!!」


 駆け寄ってきた彼女は、変わらぬ笑顔を向けてくれた。


「うそ……星羅ちゃん、ほんとに戻ってきたんだね。大丈夫だった?ずっと連絡とれなかったから……心配してたんだよ」


 私は思わず、涙がこぼれそうになった。


 だけど、笑って答える。


「うん。……私、大丈夫だった。」


 朝日ちゃんは、ぎゅっと私の手を握った。


「会えて嬉しいよ」


「私も」


 それだけで、あの時間の痛みが少しだけ癒えた気がした。


 今なら話せる。



 まだ全部は話せないけど、少しずつ――私の言葉で、私の意思で。



 その日の帰り、キャンパスの外で待っていた黒い車の中。


 運転席の隼人さんが、私に小さく笑いかけた。


「……どうでした?」


「……なんか、懐かしかったです。あの場所の空気も、人の声も」


「怖くは?」


「少しだけ。でも、ちゃんと大丈夫でした」


「……そっか」


 彼の声は、どこか安堵に満ちていた。


 それが、嬉しかった。


「隼人さん」


「はい?」


「ありがとうございます。私の思い、聞いてくれて」


 隼人さんはふっと息を吐き、ゆっくりと答えた。


「……俺の隣に立ちたいって、そう思ってもらえること自体、幸せなことですから」


 その声に、胸があたたかくなった。


 私は窓の外に目を向ける。


 夏の夕焼けが、街を静かに染めていた。


 今日からまた、新しい一歩。


 隼人さんと一緒に歩む道を、私自身の足で歩いていくために――。

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