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転移先は日本でしたが、あまりにも楽しいのでスローライフを目指します!~従者(ヤンデレ)がついてきたので一緒に幸せになる~  作者: 雨宮 叶月
第3章

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第39話 二人

朝の光がやわらかく差し込む窓辺に、白いカーテンが揺れている。


 午前九時過ぎ。私は身支度を整えて、リビングの鏡の前でそっと髪を整えていた。

 ゆるく巻かれたポニーテールに黒いリボンをひとつ。白のパーカーと、ゆるっとした黒のズボン。これは、以前隼人さんが選んでくれた服だ。


数日前、私の家に荷物を取りに行った。隼人さんは社長のはずなのに、忙しくないのだろうかと思った。


 足音が近づいてくる。


「準備、できました?」


 振り返ると、隼人さんが黒のシャツに青いジャケットという、少し大人びた装いで立っていた。



「すごく、可愛いです。」


 思わずうつむくと、頬がかすかに熱くなった。


 こんなふうに、彼と外に出かけるのは初めてだ。

 逃げたいわけじゃないと、私なりに伝えたかった気持ちが、ほんの少しだけでも伝わった気がして、心の奥が温かい。


「行きましょうか。」


「はい」


 


 □


 カフェは、静かな住宅街の一角にある隠れ家のようなお店だった。


 白い外壁にグリーンの小さな看板。テラス席のそばに咲いているバラの鉢植えが、控えめだけれど美しくて、まるで絵本の中に迷い込んだようだった。


 店内に入ると、やわらかなジャズが流れていて、木のぬくもりを感じるテーブルに案内される。


 私たちは向かい合わせに座った。


「……えっと、苺のミルフィーユ、まだありますか?」


 おそるおそる聞くと、店員さんは笑顔で頷いた。


「本日分、残りわずかですがございます」


「じゃあ、それを二つ。あと、紅茶をお願いします」


 注文を終えた隼人さんが、私に向かって少し微笑む。


「楽しみですね、星羅さん」


「……はい。ずっと食べてみたかったんです」


 あの日、何気なく見ていた雑誌に載っていた写真。

 外に出るなんて考えられなかった頃の私が、つい口にした憧れ。

 まさか、こんなふうに叶う日がくるなんて、思ってもみなかった。


 テーブルの上に置かれた紅茶の香りがふわりと広がる。


「……でも、ちょっと緊張してます」


「そうですか?」


「はい。外の空気が、久しぶりすぎて。少し、こそばゆいです」


 隼人さんは静かに笑った。


「大丈夫ですよ。俺が一緒ですから」


 その言葉に、安心と、ほんの少しの不安が混ざる。

 彼の言う「一緒」が、どこまで続くのか、まだ私は知らない。


 けれど――今この瞬間は、心地よかった。


 




 ほどなくして、苺のミルフィーユが運ばれてきた。


 サクサクのパイ生地と、甘酸っぱい苺、そして淡いピンク色のクリーム。

 見た目からして、まるで宝石みたいに可愛らしくて、思わず声をあげた。


「……わあ……!」


「綺麗ですね。星羅さんに似合う」


「またそうやって……」


 思わず顔をそらすと、隼人さんは静かに笑ったまま、フォークを手に取った。


「冷めないうちに、食べましょう」


「冷める……んですか?これ、冷たいスイーツでは」


「……確かにそうですね」


 二人で吹き出す。

 こうして笑い合えるなんて、少し前までは考えられなかった。


 フォークでパイをそっと切って、ひとくち。


 口の中で、サクッと軽やかな音が弾けて、甘さと酸味がとろけるように広がる。


「おいしい……!」




 思わず幸せそうな声が出てしまって、私は慌てて口元を押さえる。

 けれど、隼人さんは、そんな私を見て嬉しそうに微笑んでいた。


「……星羅さん」


「はい?」


「こんなふうに、また一緒にどこか行きたいって思ってくれたら、教えてくださいね」


「……」


「俺は、星羅さんの気持ちをちゃんと知りたい。信じてもらえるように、少しずつ、行動で示していきますから」


 ――信じてもらえるように。


 それは、私が今朝、心の中で思った言葉と同じだった。


「……楽しいです」


「え?」


「隼人さんといると、どこでも楽しいです」


 笑いながら言うと、隼人さんは少しだけ照れたように目を伏せた。


 だけど、それでも彼の言葉は、胸の奥に優しく届いていた。


 私も――ちゃんと向き合わなきゃいけない。

 この人の、まっすぐな愛情に。


 そして、少しずつでいいから、前を向いて。


「また、来たいな。このお店」


「じゃあ、次もここにしましょうか。季節限定の桃のタルトもあるそうですよ」


「……うん。楽しみ」


 ゆっくりと紅茶を飲みながら、彼の視線を感じる。

 優しくて、どこか危うさも秘めたその目が、静かに私を見つめていた。


 まだ私は、完全には彼を信じきれていない。

 でも、信じたいと思った。信じてもいいと思いたかった。


 この一歩が、私たちの関係を少しでも変えるのなら――それでいい。


 外の風に吹かれながら、私たちはカフェを後にした。


 そして、繋がれていないはずの右手が、なぜか温かくて。


 私はそっとその感触を、胸の奥で確かめるように抱きしめた。


 


 

 帰り道、ふと立ち止まって空を見上げると、真っ青な夏空が広がっていた。


「隼人さん」


「ん?」


「今日は、ありがとう」


「こちらこそ」


 微笑み合ったその瞬間、私は思った。


 ――この人を知りたい。もっと、深く。


 ただ甘やかされるだけじゃなくて、自分の意志で、彼の隣に立てるようになりたい。


 たとえその道が、茨のように危ういとしても。


 私は、もう一度だけ信じてみたいと思っている。


 少しずつ――ほんの少しずつでも、きっと、前へ進めるから。



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