第4話 転移先は日本でした④
着替えて、スマートフォンと財布を持って外に出る。
白いシャツにスカート。記憶の中では“普通”の格好だが、足元を見ながら歩くのはまだ少しぎこちない。
ビルの隙間を吹き抜ける風が頬をなでた。
顔を上げると、空が視界いっぱいに広がっていた。
オレンジ色に、静かに青が混ざっていく。境界線はあいまいで、やわらかく、にじむように美しい。
「……綺麗」
言葉が自然と漏れる。
記憶として知っているはずなのに、目の前の光景には心を奪われた。
□
歩いているうちに、見慣れない明るい建物にたどり着く。
自動で開く扉に少し驚きながらも、一歩踏み出す。
「……わあ……!」
思わず声が出た。
コンビニ——記憶の中の知識より、ずっと色と匂いに満ちている。
整然と並ぶ商品、どこか甘く、香ばしい匂い。
あらゆる“日常”がこの空間に詰め込まれているようだった。
棚の一角で目に留まったのは、三角形の不思議な包み。
「おにぎり」——名前も形も可愛らしい。
(……小腹も空いてきたし)
迷った末に、二つ。
“おかか”と“ツナマヨ”という種類を選んで、レジというものへ向かう。
「いらっしゃいませ~」
笑顔の店員に軽く会釈しながら、財布から紙幣を出す。
この世界のルールに、私は少しずつなじみ始めている。
不安よりも、今は——この不思議な新しさが、楽しかった。
□
家に戻り、テーブルの上にそっとおにぎりを置く。
海苔はごはんをふんわりと包み、見た目にも整っている。
「いただきます」
静かに息を整え、一口かじる。
ふわりとしたごはん。しっとりとした海苔の香ばしさ。
そして中からとろりと現れた“おかか”の塩気と旨味。
「っ……おいしい……!」
思わず、口元を手で押さえる。
味覚が、じんわりと幸福に満たされていく。
なんてやさしい味。こんなに単純なのに、なんて複雑で、なんて……あたたかいのかしら。
「これが、“普通の食事”……?」
王宮の晩餐とは違う。商会での特注スイーツとも違う。
これは、誰かのためじゃなく、自分が食べたいから食べている味。
涙がこぼれそうになる。
「まさか……おにぎりで感動するなんて……」
誰もいない部屋の中、少しだけ笑ってしまう。
知らない世界、知らない食べ物、知らない日常。でも、それが今は、愛おしくてたまらない。




