第38話 外に行く計画
朝の光が柔らかく差し込むキッチン。
私は、トーストにバターを塗る隼人さんの横顔を見つめていた。
毎日を一緒に過ごすうちに、私の心は――ほんの少しずつ、確かに変化している。
でも、まだこの生活が「普通」だとは思えない。
この空間は、優しい檻。そこに甘えている自分がいるのもわかっている。
それでも、言わなきゃいけないことがあった。
「……あの、隼人さん」
私の声に、隼人さんが小さく微笑んでこちらを見る。
「ん、どうしました? 星羅さん」
「外に出たいなって……思って」
一瞬、彼の手が止まった。
ナイフを持つ手がぴくりと動いて、それから静かに、バターを塗る手を再開する。
「なんで?」
低い声。けれど、そこにあるのは本物の疑問だった。
「逃げたいの?俺とずっと二人でいましょうよ。」
「違う!」
私はすぐに首を振る。
「ただ、一緒に、どこか行きたいなって。スイーツとか……。前に雑誌に載ってた、あのカフェ……覚えてます?」
――そう、それは数日前、リビングで彼と一緒に雑誌を読んでいた時のこと。
「……限定の苺のミルフィーユが食べたいって言ってた、あれ?」
「うん」
私の返事に、隼人さんは目を細めて笑った。
「本当に、“俺と一緒に”行きたい?」
「……はい」
嘘じゃない。
たとえこの家の外であっても、私は隼人さんと一緒にいたいと思った。
それが、きっと信じたいという気持ちの現れで、
私なりの小さな歩み寄りだった。
隼人さんは少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと私に微笑んだ。
「……いいですよ」
「ほんとに?」
その声は甘かった。
「ずっと隣にいてくださいね。いつまでも」
彼の目が、真っ直ぐに私を射抜く。
逃げられない視線に、息が詰まりそうになった。
「俺は疑ってませんよ。星羅さんは、もう俺から離れられないんですから。」
今の私は、逃げ出したいわけじゃない。
「……わかった」
少しだけ躊躇したけど、私はゆっくりと頷いた。
そして、隼人さんは目を細め、ふわりと笑った。
「じゃあ、明日。ふたりで、苺のミルフィーユを食べに行きましょうか」
「うん……」
私は自分の胸の鼓動を、そっと押さえた。
これは、ふたりで外の世界へ一歩を踏み出す――そのはじまりだった。




