第36話 初めての
静かな部屋に、彼の低い声が落ちる。
「……星羅さん」
その呼び方だけで、胸がぎゅっとなる。
隼人さんはゆっくりと私のほうに歩み寄ってきた。
「愛してます」
また、その言葉。何度目だろう。なのに、胸が高鳴る。
でも、私はそのまま何も返せなかった。
「……そんな顔しないでください。」
「違う、そうじゃなくて……。本当は、嘘なんでしょ?」
どう言えばいいのか分からなかった。
この人の言葉は、いつも甘くて、でも何かを縛ってくる。
きっとその言葉だって、本心じゃない。
そんな私を見つめて、隼人さんはふと微笑んだ。
「星羅さんの本当の気持ちが知りたいです。」
「……」
返せない。返したら、何かが戻れなくなる気がして。
私の沈黙に、彼はほんの少しだけ眉を下げた。
「……じゃあ、どうしたら信じてもらえるんでしょうか?」
「え……?」
思わず聞き返すと、隼人さんは微笑みながら、そっと私の頬に触れた。
「僕の気持ちが本物だって……どうしたら、星羅さんは信じてくれますか?」
その問いかけは、あまりに優しくて、残酷だった。
私は答えられずに、ただ彼を見つめるしかなかった。
「……毎日、愛してるって言ってほしい。毎日、私に触れてほしい。行動で示してくれなきゃ、分からない」
理想を、ぽろっと言ってしまった。
すると彼は、小さく笑ってこう言った。
「……本当に嫌だったら、抵抗してください」
その言葉の直後。
隼人さんは迷いなく私に触れて、唇を塞いだ。
驚きと戸惑いに、息が詰まる。
でも、力は入らなかった。
温かくて、優しくて、私は――ただ、囚われていた。




