第34話 恐怖②
(嫌だ…嫌だ!)
ぎゅっと目をつむったとき。
バキッ!
鋭い音とともに、重い倉庫のドアが蹴り開けられた。
中の空気が揺れる。強い風が吹き込むわけでもないのに、場の温度が一気に冷えたように感じられた。
「は……?」
「おい、誰だテメェ――」
男たちの声は、そこで途切れた。
「はははっ!」
笑い声が、冷ややかに響いた。
私の視界には、うつむく一人の男の姿。
夜風に揺れるその黒髪と、声には覚えがあった。
(隼人さん……)
スーツ姿で、両手をポケットに入れている。
ドアを蹴った姿勢、足を挙げたまま微動だにしない。
「……おい、星羅から離れろ」
低い声。
その瞳には、「殺気」と言っても差し支えないほどの光が宿っていた。
「は? なんなんだよお前。マジでぶっ――」
「星羅に、触ったんだな。じゃあ、その手、いらないよな?」
ゴッ!!
最初の一人が殴られる音すら聞こえなかった。ただ、気づけば男は天井近くまで吹き飛ばされて、背中から鉄骨に叩きつけられていた。
「ひっ……な、ナイフなら!」
「……遅い」
隼人さんはいつの間にか私のそばにより、胸元へと引き寄せた。
……そして、片手で私の耳をふさぐ。
――パンッ!!
乾いた音が、塞がれた耳の奥にすら響いた。
隼人さんの手には、小型の拳銃。
「俺にとって星羅は、世界そのものなんだよ。……お前らが星羅に触れた、っていう事実だけで、存在価値はゼロ以下。次は殺す」
……全員、倒れた。
□
隼人さんは拳銃をしまうと、私を強く抱きしめた。
「……ごめん、遅くなって」
「……は、やと、さん……?」
震える声で名前を呼ぶ。
彼は何も言わず、自分のジャケットを私の肩にふわっとかけた。
「……もう、星羅には触れさせない。二度と。……誰にも」
すると、すっと両腕を私の背と膝裏に差し入れ、そのまま抱き上げる。
「えっ!? じぶんで、歩け――」
「黙って」
その声は、聞いたことがないくらい低くて、甘かった。
「ま、待って。あの……どこに、行くの……?」
隼人さんはにっこりと笑う。
「俺の家」
「えっ、なんで、他人に……」
「他人じゃない。」
隼人さんは真っ直ぐ私の目を見た。
「好きです。愛しています。」
「……え」
その言葉に、耳を疑った。
ずっと、欲しかった言葉。でも、何かがこの気持ちを邪魔する。
「星羅がどんな顔で俺を拒絶しようと、俺は愛してる。これからは、分からせます。――無理やりでも」
そう言って、少しだけ強く腕に力が入る。
「もう、逃がさないから。貴方がいないと、俺は壊れる。
…ずっと囚われていて、俺の中で」
夜だからか、その言葉の怖さに気付かないほど私の頭はふわふわしていた。
でも、彼の月に照らされた横顔に見惚れて、そっと首に手を回した。




